« 自称逸般塵の不通の日記(293) 夏休み最後の気分で | トップページ | 自称逸般塵の不通の日記(294) 天高く懐肥ゆる秋だったらいいのに »

2011/09/01

理系用語で読み解く社会(76) 災害耐性についての考察

20110901_img_7678_1s


そういえば防災の日なので全くベタなハナシを改めて書こう。

耐障害性を高めるためにと同じ機器を幾つも並べておいても、
同一原因で一斉に故障して使えなくなるというリスクがある。
同一の基準で選別された人材が集まる組織も似たようなもの。
基準外の人たちの考え方についての理解は期待すべくもない。
外部との人材の交流つまり流動性がない組織だったりすれば
まさにその点が致命的な脆弱性をもたらすコトになるワケだ。

単為生殖を用いるのは繁殖効率の高さを生かして急速に増殖
して他を駆逐する勢いで棲息範囲を拡大していくする戦略だ。
だが単一遺伝子では病害などに脆弱だから有性生殖を併用し
多様性を作る仕組みが、きちんと生活相に組み込まれている。

さしずめ高度成長時代などは戦時中と似たようなものであり、
権威や秩序に従う画一化された人材が大いに役立っただろう。
そんな生活相が適さなくなった今は逆に多様化傾向を強めて、
新たな生存の道を模索していくのが望ましい時代だと言える。

多様化することによって耐障害性を向上しようとする流れと
画一化することによって効率性を追求していくような流れが
生命進化の行く末を左右しているのだ。文字通り右と左から。

--
しかし多様化と画一化の組み合わせ方には注意が必要である。
多様化しつつある状況下で無理に画一化を進めるのは禁物だ。

たとえば企業などで人件費削減のため人員を減らす代わりに
不足分を非正規の人員で補って数を維持するといった経営は、
組織内に複数のグループを作り出し軋轢を生じさせるものだ。
なにしろ正規の側が思う以上に非正規の側には不満が多くて、
かつ組織に身を捧げねばならぬほど義理も感じていないから、
お互いに「何を言ってるのか理解できない」となってしまう。
位相が合わねば打ち消し合って、エネルギーは発散していく。
党派と派閥が入り乱れる政治の混迷からみても、そうだろう?

せいぜい最大公約数を見出し、そこから手を伸ばすしかない。
多様化が進む状況での最小公倍数は大きくなりすぎてしまう。
そんな大きな器を求めたって実態に合わぬから見つからない。

|

« 自称逸般塵の不通の日記(293) 夏休み最後の気分で | トップページ | 自称逸般塵の不通の日記(294) 天高く懐肥ゆる秋だったらいいのに »