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2011.09.29

理系用語で読み解く社会(77) 極言すると環境中における生物の在り方についての考察はこんな感じか

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動物は消化器官と生殖細胞の運び手、ともいえる。
吸収して得た栄養を使い次の世代を作るのが基本。

そこに筋肉だの骨格だの、循環系やら神経だとか、
いろいろと生存に有利そうな修飾物を備えていき、
気付けば付属品だったような脳味噌が主人顔する。

もっと遡れば、細胞内でエネルギーを得る回路も、
古くからある部分は今や端に追いやられる有様で、
むしろ後から獲得した機能が、はるかに効率的に
エネルギーを生み出して、その生命活動を支える。

似たようなのはヒトが作る道具でも見受けられる。
そもそもヒトは衣服を纏ったり住居に居着いたり、
乗り物に乗ったりして肉体の機能を修飾している。

そういった修飾物の上でも、また同じ現象がある。
古くからある機能を覆い隠すように修飾を加えて
それを以て新たな機能を作り出した、とするのだ。

ヒト集団だとか社会といった枠組の中でも同様に、
自然のサイクルに合わせて生活する農村山村漁村、
その上に工業だのサービス業だのといった都会的
生活要素が修飾されて殖えてきたのが今の日本だ。

過剰を抑制するような性質を基本的な要素として
持ち合わせているのがリソースの限られた列島民。
その基本を修飾部でも保ち続けていられるかな?

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だが基本的な機能は大きく変わったりしないから、
しばしば突然に限界が現れるように思えたりする。

根本的な部分というのは、当人たちが忘れてても
あるいは意識していなくても、しっかりと存在し、
秘められた内にあるにも関わらず枠組となってる。

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