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2011年9月

2011.09.30

早計すると係争するコトが多い件について

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そして今やすっかり修飾物だらけの環境のせいか、
ヒトというのは、箍が外れた動物といえるだろう。
何にしても「やりすぎる」特性を備えているのだ。

取りすぎる、食いすぎる、殖えすぎる、殺しすぎる、
恐れすぎる、嘆きすぎる、忘れすぎる、怠けすぎる、
適応しすぎる、自信過剰すぎる、怒りを発散しすぎる……。

その割には考えが足りなさすぎるコトが多いよね。

最初は「やったらできちゃった」と無邪気に喜ぶ。
次第にその魔力に取り憑かれてのめり込んで暴走。
やがて我に返って反省するも遅きに失していたと。

手軽にできてしまうから行動に移るまでが早くて、
結果には時間がかかるので「やりすぎた」となる
までに相当な「やりすぎ」が蓄積してしまったり。

怒りに任せて発言したり行動したりしたってもモノゴトは平常時と変わらず思った通りに運ぶコトなどなく、
むしろ怒りを含んだ言動が余計な反発を招いてしまうなどで却って上手く行かないコトなど、あって当然で。

「農耕民的リーダーより狩猟民的リーダーが望ましい」なんて声が増えてきたように思える昨今だけれども、
狩猟民は「やりすぎる」傾向が強く出ていて、持続可能な社会を構築するには向かないと思うのだが如何か。
ましてヒトが地に満ちてヨノナカに溢れんばかりの数にまでなった今となっては未開拓の地などなかろうに。

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2011.09.29

理系用語で読み解く社会(77) 極言すると環境中における生物の在り方についての考察はこんな感じか

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動物は消化器官と生殖細胞の運び手、ともいえる。
吸収して得た栄養を使い次の世代を作るのが基本。

そこに筋肉だの骨格だの、循環系やら神経だとか、
いろいろと生存に有利そうな修飾物を備えていき、
気付けば付属品だったような脳味噌が主人顔する。

もっと遡れば、細胞内でエネルギーを得る回路も、
古くからある部分は今や端に追いやられる有様で、
むしろ後から獲得した機能が、はるかに効率的に
エネルギーを生み出して、その生命活動を支える。

似たようなのはヒトが作る道具でも見受けられる。
そもそもヒトは衣服を纏ったり住居に居着いたり、
乗り物に乗ったりして肉体の機能を修飾している。

そういった修飾物の上でも、また同じ現象がある。
古くからある機能を覆い隠すように修飾を加えて
それを以て新たな機能を作り出した、とするのだ。

ヒト集団だとか社会といった枠組の中でも同様に、
自然のサイクルに合わせて生活する農村山村漁村、
その上に工業だのサービス業だのといった都会的
生活要素が修飾されて殖えてきたのが今の日本だ。

過剰を抑制するような性質を基本的な要素として
持ち合わせているのがリソースの限られた列島民。
その基本を修飾部でも保ち続けていられるかな?

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2011.09.28

科学系ヨタ話(17) 光さえも疑って掛かると面白い

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実は物質の成り立ちなんていうのもまた、相当に
ユルいものなのかもしれないという気がしてきた。

厳密な法則に従っているように思われがちだけど、
観測データには微妙なバラつきが含まれるもので、
その誤差が何に由来するのかを突き止めようにも、
また別の種類の誤差が混ざってきたりキリがない。

たまたまヒトの時間軸とか観測スケールの大きさ
からすると厳密な振舞をするように見えているし、
非常に安定しているように感じられるようだけど、
むしろそういう思い込みを除外したら面白いかも。

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2011.09.27

道を知るべきコトバ(43) かつてその草の道は不毛な道だった

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そりゃぁ人間だもの、腹の立つコトだの我慢できないコトなど幾らでもあるさ。
個人営業の自営業者で一人暮らしをしているもんだから、そいうのを何処かに
放出するような機会も多くなく、しばしば一人だけで対処していたりするけど。
(とはいえ一人で処理しきれず何らかのカタチで感情を噴出させるコトもある)

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2011.09.26

自称逸般塵の不通の日記(302) 秋の夜長の深夜営業

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散歩という息抜きを補充してきたのに作業が進まないので、
ただひたすら画面に向かって呻吟する日曜日~月曜の未明。
そんなワケで夜食ばかりが進んで時間ばかりが過ぎてゆく。

先週の台風の影響で仕事の一つが延期になったコトもあり、
今ある作業を片付ければ月内の仕事は終わってしまう見込。
というコトは2~3日は散歩や読書に勤しむ時間があるはず。

そんな褒美を目の前に並べて、ちょいと頑張ってやろうか。

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2011.09.25

遭遇の形もいろいろあって

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3連休の2日目に当たる土曜日は、川越を散策してきた。
今回の同行者は、母と、母に気が合うであろう友人と。
川越は久し振りという友人を案内し観光客で混雑する
あたりにまで珍しく踏み込んだりしていたら、思わぬ
新たな発見などもあったりして、たまには良いと思う。

腫れた秋の散歩は楽しい。話が弾む仲間がいれば猶更。
母と友人は、それぞれの家庭環境だとか子供たちとの
関係などを交えつつ、川越の歴史やら地理やら、昔の
暮らし振りなどなど、とりとめもない話で盛り上がる。

そうして歩きつつ市街地の外れ、観光客も滅多に来ぬ、
童唄の舞台となった古い神社の境内で一休みしてたら、
ベンチ後ろの植木の中から子猫が一匹、迷い出てきた。

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2011.09.24

自称逸般塵の不通の日記(301) いろいろあって仕事を捗らせる策略

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夜更かしして昼寝なんてのが、涼しくなったので可能になった。
むしろ急に涼しくなったりしたもんだから気温で時刻を察する
コトができず13時と思ったのに起きれば1時のつもりが3時……。

実家に行く予定としてたので取り急ぎ支度をしつつ目を覚ます。
涼しくなったので歩いて大汗かくような心配がない点は有難い。
明日は散歩をしたいと友人から誘われていたので、川越散策だ。
その時間までに少しは、遅れてばかりの仕事を進めておきたい。

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2011.09.23

行楽の秋というのは楽に行動できる状態に限るワケで

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世間は連休らしいが他人を羨んでいる余裕などない。
なにしろ金策と仕事に気力を奪われているのだから。

台風が過ぎ去って迎える秋分は文字通りの秋の空気。
15号が置いてった南洋の空気を雨で押し出していく。

年間で最も過ごしやすい季節が今まさに到来したが、
結局その前に金銭的な問題を解決できぬままだった。

だもんで元気も乏しく活動も低迷気味という有様で、
まず最優先で気力回復の手立てを打たねばならない。

とりあえず実家に転がり込んで気楽になろうと思う。

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2011.09.22

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(73) 「備えあれば憂えず待ってもいいんだよ」

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日本列島に横たわる秋雨前線を活性化しながら、
洋上を低速で移動して勢力を強めてきた台風が、
偏西風に乗って一気に列島縦断駆け抜けてった。

そんなコトさえもヒトにはコントロールできぬ。
せいぜい災いが通り過ぎるまで息を潜めて待つ。

日本列島の人たちは、こんなコトもあろうかと、
観測網を張り巡らせ河川改修を行い防災計画を
練り上げ情報発信を積極的にし備えをしてきた。
こんな風雨の中こそ日頃の勤勉さが有難いもの。

耐えねばならないのは嵐が過ぎ去るまでのコト。
終わったら後片付けをして日常を再開するのだ。
天災は覚えている間に再び来るコトも多いので。

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2011.09.21

花鳥風月を愛でるコトと家父長的な態度との関係

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とはいえ今年の極貧状態もまた得難い体験ではある。
どうにか周囲の援助あって生きているという有様は
流石に胸を張って自慢できるもんじゃないんだけど。

なにしろ、仕事やプライベートで忙しくしていると、
思考エネルギーを節約したくなる性質がヒトにある。
おまけに多くのモノゴトを自分の力だけで処理して
いる(実態は違うとしても)という自負も出てしまう。

余計な自負は他者に対する不寛容として表出しがち。
自分自身が自ら掲げたゴールに向けて突き進んでる
からといって他者も同様だと思い込んでしまうのだ。
想定の原点が違うのに気付かないまま、その相手が
出来ないのは努力不足だったり工夫が足りないもの
だと断定し、強烈な親切心とかリーダーシップ()を
発揮して、他人の人生に強制介入していってしまう。

あるいは介入できるほど身近な存在でなかった場合、
「アイツはダメだ」「早くいなくなれ」てな具合に
即決断罪斬捨御免。欠席裁判だとは顧慮だにしない。

そもそもヒトの差異について深く考えたコトもなく、
日常的に情報収集を怠っていないから周辺事情など
裁判に必要なくらい知悉してるぞという感覚だから、
弁護側の意見陳述でも雑音程度にしか受け取らない。

ハードな仕事をこなしていても厭な感じの自信満々
というふうには、ならないようにしたいものである。

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2011.09.20

自称逸般塵の不通の日記(300) 脂と汗のダラダラする関係

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今夏は運動量が少ない上に粗食が続いているので、
特に脂肪など蓄積する傾向にあるように思われる。
要するに身体が飢餓状態に備えようとしてるのだ。

蓄積された栄養を燃焼するときは発汗量が多くて、
少し動いたくらいでも汗が流れ続ける有様だから、
少しの運動でも避けたくなるのが人情ってもんで、
暑い中を出掛けるには公共交通機関に頼りたくて、
でも貧乏だから外出も控えめになってしまったり、
そんなこんなで余計に脂とか汗とかの問題に悩む。

昨夏は猛暑だったけど忙しくて金回りも良かった。
全国各地に出張して回って飛行機や新幹線や特急、
ホテルなど随所で涼みながら仕事をしていたのだ。
それに比べると今年は仕事が非常に乏しいせいで、
ついダラダラ過ごしてしまいがちだったワケだな。

脂を汗に変えてダラダラと歩くには貧乏は厳しい。
来年そして以降も貧乏から脱出していたいものだ。

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2011.09.19

逆は真ならざる場合が多い、非対称

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連休の人たちを羨むつもりなんぞ毛頭ないのだけれども、
連休に自宅周辺で仕事をしたいと思っている人にとって、
しばしば障害物のように思えるコトがあるのは頂けない。

最寄駅付近は大きな神社の祭礼で混雑が予想されており、
隣の隣の駅前までバスで移動して仕事しようと思ったが、
目の前で歩道を塞ぐように低速で歩いてた高齢者集団を
抜けずにいたら、狙っていた喫茶店に入られてしまった。
あまりに残念なので、もう一つの候補の店に切り替えて、
こちらは入れたけれども、隣の席には新聞を山積みして
ときたま破りながら読んで(切り取って?)いる人がいて、
ガサガサバサバサビリビリ落ち着かないコトこの上なし。

平日でも関係なく仕事をしないで遊んでいたりするけど、
平日に仕事してる人の邪魔をしないようには気をつける。
逆はないのか。数が多い方が強いってのはやはり事実か。

生活サイクルとしては明らかにマイノリティに属すので、
そういうコトを考える機会がマジョリティより多いかな。

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2011.09.18

自称逸般塵の不通の日記(299) 雲散無情

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雨雲レーダーの準リアルタイム画像なんぞをサイトで見ていると。
何故か居住地付近を逸れていったり直前で消えてしまったりする。

天気予報は頻繁に見てるが日を追って雨の予報が遠ざかっていく。
金曜か土曜には、月曜あたりから雨模様になるとか言ってたのに、
日曜には、月曜も引き続き晴れて厳しい暑さになるとか言い出す。

暑くなければ自宅で仕事をしたいと思うあまり涼しい予報は歓迎、
つい期待感も込みで信じてしまっては裏切られるのが今夏の通例。

台風や前線が他の地域に豪雨をもたらしているというのに東京は、
なんかいつもこんな感じで、雨雲に避けられているような気分だ。

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2011.09.17

出張旅行記(45) こんなコトもなかろうかと

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山間部や高原を走る鉄道路線の車窓の景色は好きだ。
出張の往路ちょっとばかり遠回りしてみたかったが、
前日中に仕上げるはずの作業が長引いて徹夜となり、
なんとか終えたものの在来線では間に合わない時刻。

それから自宅を出てバスに乗ろうとしたら14分待ち。
タクシーを捕まえようとしても数分は来なかったり。

仕方なく新幹線で出るコトにしたけど駅の自券機を
操作してみれば間に合う列車は全て満席という有様。
タクシーで急いだ分は自由席の確保のために費やす。

仕事後には信州上田城、これだけは、という目的地。
コインロッカーに鞄と背広の上着を預けて歩き出す。
ふと気付けば肩に提げたカメラには仕事用のメモリ。
入れ替えるのを忘れていた上に扇子までロッカーに。

城から駅への帰りにバスでも乗るかと思ったものの、
バス停で見れば数分ほどの差で行ってしまった直後。

あまりの空腹に駅蕎麦を味わっていたりしたけれど、
帰りこそ遠回りをと考えていたのが時間ギリギリで
逃してしまう形となって、どうにも上手く行かない。

せめて途中まで在来線でと思ったら帰宅ラッシュで、
なかなか座るコトもできず外は日暮れて暗くなって、
ようやく辿り着いた軽井沢からの帰りの新幹線でも
また一本待たねば指定席が取れない上に次の列車は
30分以上も後というのに窓側の席は全く埋まってた。

在来線が途切れている碓氷峠だけ新幹線で迂回して、
高崎から新宿へグリーン車で寝ていこうと思ったが、
その区間の新幹線の特急料金が思った以上に高くて、
結局そのまま東京まで乗ってった方が得策だと判断。

とっぷり暮れた軽井沢ホームは高原の秋の夜らしく
涼しく快適だったけれどベンチに座ろうと待合室に
入ったら却って換気が行き届かないのか蒸し暑くて、
後から来た乗客の母娘が荷物の扱いで口喧嘩したり。

そんなこんなで列車に乗り込んだら即座に寝落ちた。
しかし帰ってきた東京の空気はコンクリートだとか
アスファルトが溜め込んだ熱気が満ちあふれていて、
都会の残暑の夜の蒸し暑さを改めて思い知らされた。

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2011.09.16

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(72) 「ヒネクレ者も使いよう」のある社会が望ましいのかどうかについての検討

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自分自身で答えを見付けるコトが大事、というのであれば、
「簡単だよ」と答えを教えてしまうのは手抜きとなるはず。
自力で答えに至る能力を多くの人が持てるようにするには、
見付ける手伝いが上手な人を育てるといいんじゃないかな。

そこに実は天邪鬼が役に立ったりするコトもあるかと思う。
当人に対し、その人が持っていない視点からの言葉を返す。

そもそも天邪鬼というのは大勢とは全く逆の方へ向く者だ。
皆が同じ感覚を共有していると見落としがちなモノゴトを、
むしろ彼らはアタリマエのものと見倣しているのだからね。

だから変化の激しいヨノナカになってきた昨今においては、
新たな観点を与えてくれる存在として、役にも立つだろう。

決して主流派や多数派にならないコトこそ彼らの存在意義。

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2011.09.15

連想記憶発射装置(近接信管装備)

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かなり前から、右手の薬指だけ肌が荒れている。
理由が分からないまま10年か20年は経ってるが、
ある日、歯磨きをしようとして、ふと気付いた。
実は歯ブラシの持ち方が原因なのかもしれない。

人差し指&中指と、親指&薬指とで、上下から
挟むようにしてブラシを押さえているのだった。
薬指は背にブラシの柄が押しつけられる格好だ。
そりゃ皮膚が荒れるのも当然ではないだろうか。

というワケで例によって自分を騙す方法で矯正。
長年かけて身に付けた癖だから容易には抜けぬ。
歯を磨くとき無意識に、そういう持ち方をする。
だから、そこで気付いて修正するコトができる
よう意識的に、この薬指のトコロに注意をする。

歯ブラシを持ったとき思い出す、と覚えておく。
いったんセットしたら、日常は忘れていていい。
1度2度忘れても、歯磨きの途中で思い出すから、
「次には思い出すぞ」と思っておくようにする。
そうするとたいてい、3度目4度目くらいからは
持った時点から思い出せるので持ち方を変える。

これで何日か経てば新しい癖が身についてくる。

例えば風呂場の石鹸が小さくなっていたなとか、
そういうのも同じように、思い出すようセット。
風呂場に入るとき最初に石鹸箱を見るようにと。
それを、1日2日の余裕をみてセットしておけば、
だいたい完全に石鹸がなくなる前に次を出せる。

すぐできるコトは、すぐやってしまえば覚えて
おく必要もなくなるけれども、後からでも必要
になった時点で思い出せるのであればそれでも。

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2011.09.14

ゴールド街がゴースト街になろうとしている件についての考察

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近くの駅の高架下に入っていた商店が相次いで閉めてしまった。
隣駅の高架下でも同じようなコトがあって行き着けの飲み屋が
気付いたら移転していたりしたので、同じような流れなのかも。

物件を所有している鉄道会社グループが、ときたまテナントを
入れ替えて新陳代謝を図ろうとしているのは以前から聞いてる。

今回は店ごとに入れ替えるのでなく、いったん全体を空にして、
それこそ設計が古く歳月を経た躯体の耐震性にも懸念があろう、
大幅に手を入れて再開発をする計画としているように思われる。
ただ、そういった計画について、個店経営者はともかく利用者
まで伝わってきていないので、推測するしかないのだけれども。

ここの駅を使うようになって十数年になるが、入っている店の
多くは30年40年も前からの、いわば昔ながらの商店街であった。
閉店した洋食屋の張紙には、所狭しと別れを惜しむ書き込みが。

再開発をした後には、この商店街はどうなってしまうのだろう。
たいてい賃料は高くなり、昔からの店舗は再契約が難しいはず。
賃料に見合った客の回転を、綿密な出店計画書で出せるような、
FC系の店ばかりになってしまうのは、ほぼ間違いないだろうな。

数十年前から続いていた静かな喫茶店も、もう復活はするまい。
小さな喫茶店の多いコトも、この街の気に入っていた点だけど、
十数年前から比べると駅周辺の再開発で数店舗は消えていった。

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2011.09.13

暗箱に針穴(37) 団子とかスッポンがないと引き立たない月との格闘

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中秋の名月というコトでカメラ仲間が皆して月を撮っている。

とりあえず三脚を立てて超望遠を引っ張り出してみたものの、
真ん丸な月面だけのスチル写真では面白味に欠けるキライが。

今回の月は高度があって自宅南側の樹木に掛かってくれない、
しかも空は快晴で雲もほとんどなく画面の変化が乏しいのだ。
やはり地味でもいいから引き立て役がいないと、詰まらない。

なので、動画機能を使って月の動きを撮ってみるコトにした。

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2011.09.12

自称逸般塵の不通の日記(298) 金曜土曜日曜

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自宅で仕事するつもりだったが暑くてゴロゴロしてしまった日、
夕方から深夜にかけ友達や家族からの電話が続けて入ってきた。
残暑厳しいとはいえ夜は盛夏より涼しくなるから作業をしよう
かと思っていたが電話が途切れなかったおかげで進まず仕舞い。

たまには、そういうコトもある。

その翌日は今月に入って最も暑い日になるとの予報だったので、
自宅で電話を待つ必要もなさそうだし仕事を一気に片付けたく、
外へ逃げ出して喫茶店に入って2~3時間ばかり没頭する予定で
いたのだけど15時を過ぎたら急に店が混んできて騒々しくなり、
やっぱりあんまり集中できない状況の土曜日になってしまった。

たまには、そういうコトもある。

そして、暑さのピークを過ぎた日曜日には散歩の約束があって、
曇りがちな空で気温は低いといえど蒸し暑くて動けば汗が出る、
そんな中で歩いてきた道程、おおよそ6~7kmといったトコロか。
盛夏の頃は徒歩も自転車も控えていたので、これほど歩くのは
久々だった上に、まだ相当な残暑だったので、さすがに疲れた。
日が暮れる前には想定していたコースを歩き終えて駅前に出て
ビールで身体を冷ますつもりが覿面に効いてしまったのである。
(酒を飲みつつ誰かと喋る機会など今夏は滅多になかったのだ)
ぞんなこんなで帰宅したら2~3時間ばかり窓辺で寝てしまった。

たまには、そういうコトもある。

そうして思い出すのは最近いささか遅れ気味の仕事の存在など。
休日らしい休日が、リフレッシュした感覚にさせてくれたので、
その勢いで起きたら本気を出して片付けていこうと思っている。

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2011.09.11

たまには時事ネタ(78) 節目の日に思うコト

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落ち目になりそうな条件が整っていたトコロに突然の悲劇が襲って国家も目に見えて下り坂へ。
そんな歴史は過去に何度もあるのだけれども実際に目の当たりにすると感慨深いものではある。

過去に学ぶコトの重要性を訴えている人の中には過去の体験に囚われすぎて現実を軽視したり
過去の例にない事件や事件に対する対応について反射的な拒否反応をしたりするようだけども、
そういう抽象化したレベルでみれば、やはり「過去にやってきたコト」の焼き増しだったりね。

昔あったデキゴトの、同じ日に際しては、「名もなき一般市民」の側もまた同じようなコトを
していないかどうか、じっくり振り返ってみるといいんじゃないかな、との思いを新たにする。

だいたいにして地画一筆田毎に水平を作り出して大地の見た目を大いに変えてきたのと同様に、
ヨノナカを動かす力の原動力の基本は良くも悪くも民意だとか世論といったトコロにあるのだ。

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2011.09.10

自称逸般塵の不通の日記(297) 一歩ずつ進み行く秋への道(今年は割と順調に)

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夜は涼しい風の中に秋の虫の声、昼は暑さの中に夏の蝉の声。
季節は日々入れ替わりつつ全体として秋へと移行しつつある。

未明まで仕事をしていて、何となく夜空を見上げてみたらば
東の空の雲間に昇るオリオン座が目に入ってきた。これも秋。

夜が涼しいので真夏には進まなかった読書も捗るようになり、
また自宅での仕事も夜なら進むようになってきたもんだから、
気付けば夜更かしをしていて、虫やら星やらの変化に気付く。

盛夏には早起きしないと朝からの暑さにメゲてしまいがちで、
それを避けるには早寝しなければならなかったワケだけども、
朝夕の涼しさが寝坊を許せるまでになってきたから遅くまで
起きていられる、というのもまた秋ならではの現象ではある。

先月の終わり頃に富士の裾野で過ごした日焼けも剥けてきた。
この身体もまた、夏の終わりを感じて脱皮しつつあるのかも。

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2011.09.09

自称逸般塵の不通の日記(296) 抜けた空気を押し込み直せ

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先日、久々に3輪車に乗った。約2週間振りだと思う。とりあえず近所の友達の家までだが。
このところ猛暑や雨が続いて、ほとんどの外出はバスを使って駅へ出るか、せいぜい徒歩。
徐々に朝夕は涼しくなり、日中では暑いが湿度は低いので、ようやく走る気になったのだ。

そもそもが駅前の駐輪場に入れられるかどうか微妙な車両だし、電車で出掛けるときには
駅までの距離でも汗をかいてしまって後が大変なので、漕ぐのは近所をブラつくときだけ。
そういう意味では散歩の延長線上にあり、大した用もなく出歩こうと思うくらいでないと、
乗らぬままアパートの階段前の駐輪スペースに置きっぱなしになってしまうというワケだ。

そこは屋根もない雨晒しの場所だから、乗る前には、まずカバーを外して玄関に放り込む。
舗装されてない地面から雨粒が撥ねた砂粒や泥粒が車輪に付着してるのを、こそげ落とす。
タイヤの圧を調べてみれば半分くらいまで減っていたので空気を入れ直して、もう汗かき。

あまり力まずに走って15分くらいの友人宅に到着する頃には、やはり汗が滴るほどだった。
盛夏ほどではないにせよ、まだ暑いのだな。当面は朝夕の涼しい時間に乗るコトにしよう。

そうして走り出して徐々に速度を上げていって、秋に向けて活動性を取り戻していくのだ。

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2011.09.08

科学系ヨタ話(16) はじめに存在ありき

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生命のような曖昧な、かなりユルい存在に対して何故、
明確な目的だとか厳密な定義だとかを、ヒトは求むか。

40億年くらい前の地球上の何処かで消長を繰り返して
いた、化学エネルギーを緩慢に連続する有機的な反応
経路でユルく燃焼させていくだけの脂質二重膜構造が、
何となく途切れるコトなく続いてしまったもんだから
とりあえず生命とか名付けて高尚な存在でもあるかの
ように扱ってみているけれども、もともとそんなもん。

存在意義だの価値だのは、すっかりアタマでっかちに
なってしまったヒトが勝手に脳内で捏ね上げたもので、
そういう考え方を穿つと意図だとか意志だとか何かの
異様に高尚な存在を前提とした思考経路が、見え隠れ。

そりゃまあ生命誕生の様子の研究など漠としたもので、
その不可思議さ複雑さゆえに、人によっては神秘性を
感じて五感に捉えられぬ神霊的なる存在を想定したり
する方が腑に落ちるのかもしれないけれど、何だかね。

生命が変化する中で獲得してきた自己保全機能ゆえに、
過去を美化しておけば自分自身も高等な存在であると
言い張る裏付けになる、などといった感覚が実はあり、
直近の先祖だけでなく遠く発祥の頃に至るまでずっと
何か一貫した趣旨があって当然だなんて思ったりする。

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2011.09.07

自称逸般塵の不通の日記(295) 夏の気枯れからの脱出準備の心構え

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緩慢に列島を横断して紀伊半島に連続した豪雨を降らせ続けたが
武蔵国の平野部では大した雨も降らず蒸し暑い日々を続けた台風。
直撃でなかったから台風一過の快晴の空を望むコトはできなくて、
ときたま通り過ぎる雨に涼を感じつつも仕事は捗らぬ日々が続く。

でも深夜には冷たい空気を堪能できるようになってくれたりする。
そのコトだけでも、有難いと思うべきトコロなのかもしれないな。
なにしろ夏の2~3カ月はシャワーだけで済ますような生活だのが、
ようやく湯船に浸かっても大丈夫かなと思えるようになってきた。

湿度や通風条件にも依るが概ね25℃を上回ると発汗が著しくなり、
普段から荷物の量が多いせいもあって行動には大きな支障が出た。
そんなもんだから、熱帯夜が終わってくれた点には感謝しないと。

とにかく毎年、涼しさを待ち遠しく思っているので秋は喜ばしい。
特に今夏は予算の都合から積極的な作戦に打って出られなかった。
そのコトも夏の終わりを待望するキモチに上乗せされているかも。

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2011.09.06

結果で評価するとか言う人に限って自分の意志が受け入れられないという結果に対し不満を表明しがちなように思える件についての考察

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良いコトを発言していると思っている態度の人ほど偉そうにして
上から目線で語っている場合が多いように思えるのは気のせいか。
自説が正しいから、「そういう良い説を掲げているオレサマ偉い」
ってなって、その良さ正しさが理解できないの馬鹿なんじゃない?
とか思っているのだろうけど、いささか浅慮に過ぎるように思う。

これを、何を伝えたかではなく、何が伝わったかで考えてみよう。
彼or彼女の説に同調する立場の人にしてみれば『全く当然であり
理解できないという反応が理解できない』といったトコロになる。
逆に、同調しかねる人たちからみれば、『何コイツ一面からしか
見てないくせに偉そうに押しつけて来やがって』といったトコロ。

総じて、同調者を集め同調できない者たちを疎外しているワケで、
要するに派閥を作って争いたい表明、と穿った見方もできるかも。

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2011.09.05

たまには時事ネタ(77) アラアラ、そんなの探してどうすんの?

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もはや新政権発足直後の恒例行事となっている、閣僚全員のアラ探し。
まるで自分たちが政府を信用していないコトを再確認するための儀式。
そんな風潮に乗って、政治的に有利な立場を広げようとする野党とか、
一般ウケしないと稼げないマスメディアなども一緒になってアラ探し。

違法性が疑われる献金なんぞを暴き立てるのが過去1~2期の流行だが、
政権発足してからでなく、もっと前から調べていればいいのにと思う。
(知っていたけど発足してから公表したのであれば後出しジャンケン)
それこそ選挙が終わった直後にでも全議員を調査して公表してやれば?

あるいは「公僕」という言葉を文字通りに解釈する感覚の延長線上で、
「下僕なら従うのが当然だろ」という高圧的な態度の大義名分として、
最初に痛めつける通過儀礼か何かをしているつもりなのかもしれない。

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2011.09.04

不安定化を良い方向にコントロールするコトは可能か

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時代は急速に、不安定な方へと向かいつつあるような現在。

安定した時代が長く続けば社会が固定化してヒトモノカネ
そして情報などの流通が滞り全体的に鬱血した状態になる。
そういった閉塞感を強く感じるような立場にいるおかげで、
むしろ不安定な時代の方が、突出して安全な生き方がない
という理由で、いろいろな生き方を選びやすいとも思える。

だからといって不安定な時代に突入してほしいとは思わぬ。
今より不安定になればさらに多くの不幸が世に蔓延るはず。

そうすると安定していてほしいトコロは安定を保ちながら、
流動性が求められるトコロには上手に制御しつつ不安定化、
という流れをヨノナカに作り出していく工夫が必要だろう。

個人的には、人材の流動性を高めるのが望ましいと考える。
終身雇用を全廃しろとは言わないが、終身雇用でなくても、
相当な年齢になろうと、能力に見合った職を探せるような、
そんな制度とかサービスとか社会的合意、などの諸々、が。
雇用保険や各種社会保障の扱いだとか賃金制度の改革から、
それこそ個々人が自分を売り込むプレゼン能力を高めたり、
あるいは代理となる人材紹介業の拡充なども含まれるはず。

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2011.09.03

秋本番まだ遠く

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季節の、変わり目というか、移行期間というか、遷移帯というか
過渡期、のような状態に入っているせいか、いろいろ安定しない。

盛夏とは違って暑い中を無理に出る必要はない、と思っていても、
まだ秋の気温ではないので自宅にいると暑さに負けてしまったり。

夜も涼しいとはいえ布団に潜れば暑いので夏と同じく絨毯ゴロ寝。
浴槽に湯を張る気力もなくシャワーで済ませる、といった日々だ。

あまり元気が出てこないので読書などして気力を維持しているが、
そのせいで時間を食うので仕事が思った以上に捗らないのが問題。

秋が深まり最高気温が25℃くらいになれば少しは元気が出るかな。

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2011.09.02

自称逸般塵の不通の日記(294) 天高く懐肥ゆる秋だったらいいのに

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なるほど確かに防災の日の前後には台風が多いものだと思うのは短絡的ではあるが、
雨は断続的に降って次第に強まるという予報だったが台風が逸れて曇り空が続いた。
薄雲を通して差し込む日射とか台風進路右側の南風だとかが影響して蒸し暑くなり、
昼間は仕事にならず本など読んでいたが不快指数が高ければ居るだけでも疲労する。

未明ようやく雨は立て続けに通り過ぎるようになって気温は下がったが眠気が優勢。
結果として済し崩しに仕事を休んでしまったコトに対しては大いに反省が必要だな。

夏から秋へと移り変わりつつあるとはいえ暫くは天候頼みの生活が続くはずであり、
そんな環境下でも地道に仕事を続けていけるような体制を作っていかないといかん。

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2011.09.01

理系用語で読み解く社会(76) 災害耐性についての考察

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そういえば防災の日なので全くベタなハナシを改めて書こう。

耐障害性を高めるためにと同じ機器を幾つも並べておいても、
同一原因で一斉に故障して使えなくなるというリスクがある。
同一の基準で選別された人材が集まる組織も似たようなもの。
基準外の人たちの考え方についての理解は期待すべくもない。
外部との人材の交流つまり流動性がない組織だったりすれば
まさにその点が致命的な脆弱性をもたらすコトになるワケだ。

単為生殖を用いるのは繁殖効率の高さを生かして急速に増殖
して他を駆逐する勢いで棲息範囲を拡大していくする戦略だ。
だが単一遺伝子では病害などに脆弱だから有性生殖を併用し
多様性を作る仕組みが、きちんと生活相に組み込まれている。

さしずめ高度成長時代などは戦時中と似たようなものであり、
権威や秩序に従う画一化された人材が大いに役立っただろう。
そんな生活相が適さなくなった今は逆に多様化傾向を強めて、
新たな生存の道を模索していくのが望ましい時代だと言える。

多様化することによって耐障害性を向上しようとする流れと
画一化することによって効率性を追求していくような流れが
生命進化の行く末を左右しているのだ。文字通り右と左から。

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