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2011/10/21

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(75) 呉越同士討ち?

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いやまぁ科学的だとか哲学的だとか、というのは言い訳に過ぎなくてね。

個人的には、理屈っぽく語ろうが感情のままに語ろうが一向に構わない。
ただ、対話に望む姿勢が双方で大きく食い違っていると話は進みにくく、
特に話を聞こうとしない、信用していないといった様子がみられる場合、
「同調せずば敵対」と強制されるような圧力を感じて少し引いてしまう。

そんなコトを期待されても困るのだ。自身の信頼性さえ疑っている者が、
果たして、如何なる他人を信頼し、無条件同意をするというのだろうか。
ヒトである以上、どうしたって万能というコトはないのであるからして。
もちろん逆に、完全なる敵なんてのも存在しないと思っているけれども。

そう、敵ではない。だから対話を通じて、相手を理解しようとしている。
自分が答えを持っていないとき「では、どうしたらいいと思う」などと、
率直に相手に下駄を預けてしまう発言を、しばしば行っていたりもする。
相手の意見を受け付ける、すなわち尊重して聞くというサインだと思う。

常に確たる回答を返そうとするのは、ある意味で虚栄心の現れであろう。
答えを知ってるオレサマ偉い、だからオマエの負け、といった具合かと。
あるいは相手を信用していないか、ひょっとすると自分しか見えてない。
そういった、ヒトが陥りがちな自尊自縛の罠に対しての皮肉も込めつつ。

自分だけ考えていて相手が待っているなんて不公平、という考えもある。
だいたいにして相手がいるのに自分だけで考えているのは勿体ないよね。
せっかく頭脳が複数あるんだから、一緒に考えた方がよほど良いはずだ。
どうせお互い不完全な存在なのだから、補い合える部分もあるだろうし。

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相手を尊重して、その力を借りようとするスタンスを、弱腰とか卑屈だ、
とか評するのは勝手だけれども、たかだかヒト程度の能力しかないのに、
万物の霊長の如く振る舞うなんて尊大すぎて、とてもじゃないが出来ぬ。

棹さしても流されても良くないのなら櫂を漕いで舵を切ればいいかもな。

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