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2011/10/07

たまには時事ネタ(79) 林檎の接ぎ木

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カリスマというのは、その代わりなど存在し得ないものだ。
ましてや、「稀代の」と称されるほどの人物になれば猶更。

上場企業でありながらオーナー社長の如き存在感を放った
というコトは、あらゆるステークホルダーが一人に信頼を
託していたという意味であり、それこそ代替などないから
こそ周囲が従ったワケで、そのステークホルダーの中には
当人をその得意分野において上回る者など居られやしない。

それゆえ今後は徐々に別の林檎の木となっていくしかない。

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それにつけても思うコトが一つ。

この、たった一人の個体を惜しむ声は稀にも見ない規模だ。
一人ひとりの生命に格差などない、とは言えないのである。
ヒト社会での現実は、そういうものと理解せねばなるまい。
もちろん、そのコトに対する善悪の判断は勝手次第なれど。

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