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2011.11.04

一人ひとりのコタエがあるのに誰が教えられるというのか

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自分のアタマで考えるコトの重要性は、多くの人が
少なくともアタマでは分かっているんじゃないかな。

少なくとも「考えていない」結果としての不利益に
きっと少なからぬ人たちが嫌だと感じているはずだ。

ただ、どうやったら「考える機能」が身につくのか、
いやそもそも、どうするのが「自分で考える」のか、
そこらへんの勘所が掴めず悩んだりしているのかと。

だもんで実例があると、なんか分かった気がしたり、
そういう考え方が自分にも可能なんだという自信に
なったりするんだけれど、やっぱり急には変わらず。

そりゃそうだ、モノゴトに接したときの反応なんて、
基本的には今あるルーチンでしか処理してないから。

気を抜けば、自分のアタマの中にある既存の処理を
無自覚に進めている、ただそれだけになったりする。

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これまで続けてきた慣習というか思考パターンとか、
そういったのを「自分のアタマ考える習慣」により
塗り替えていくには、どういう工夫や努力が必要か、
そこらへん、やっぱり本人が見出さないといけない。

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