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2011/11/28

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(81) “パンとさぁ、カス”

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情報消費者の全てが速報性ばかり求めているワケではない。
「楽しい」「面白い」「分かりやすい」「最新情報」とは、
衆愚に繋がりかねない中毒性を持つものではないかと懸念。

今の社会での最速報というのはインターネット上の媒体で、
TVはどちらかというと少し遅れの情報解説の役割が主流だ。
その意味ではTVや新聞もサイト上の記事を通じて速報する。
紙媒体でも雑誌などの位置付けは大して変わっていないが、
特に新書など書籍ではタイムリーな話題に乗り出していて、
やはり全体的には速報性を目指すような方向性が目につく。

どんどんメディアが複雑な構図になってきている現代社会、
読者視聴者には取捨選択するリテラシーが求められてくる。
といっても万人に通じる解など全く有り得ないものであり、
それぞれ求める要素に応じた選択を各自で行わねばならぬ。
その選択を行うための知識とか情報、すなわちメディアに
ついてのメタ情報などに、精通していくコトが求められる。

まあしかしヒトってのは環境が急に変わっても大抵の場合、
文句を言ったり頑張ったりしながらも適応するもんだから、
一部の脱落者を除けば、ある程度の期間を待てばいいのか。

情勢が移り変わり続けるのならば動的平衡に落ち着くまで。

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というワケで個人的には、以下のように捉え対処している。

エンタメとしても鑑賞に堪える生の現実なんて滅多にない。
そればかりを追い求めていくのは簡単になってきたけれど、
そういうのしか見ないでいたら他の大半の現実を見落とす、
そんな気がしてならないのだけれど他の人たちは違うのか。

迫真だから本物っぽく思えてしまうのかもしれないけれど、
そんな心理的な働きがあるコトを思い知らされてるだけに、
生中継垂れ流しの情報からは敢えて距離を置きがちである。

情報には興奮する材料よりむしろ考える材料を求めており、
時間あたり情報量が多い集約整理済みの情報の方が適する。
生き馬の目を抜く如き分野で生きているワケではないので、
たいがいモノゴトが実生活に影響が及ぶまでには間がある。
そのため超速報な情報は片耳で聞き流す程度で充分と考え、
それ以上のリソースを割かないようにしているのが現状だ。

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