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2011/12/15

斜に構えると陰影が協調される

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コミュニケーションの半分以上は相手を把握するコトに費やすものと思っている。

だから対話する際には、できるだけ相手の文脈や背景まで推測しながら、そして
投げかけに対する反応なども含め観察結果をフィードバックし相手の像を鮮明に
描き出していきながら、その像を通じて相手と向き合うように、と心掛けている。

似たよな認識を持つ人物を半ば無意識に探してしまうけれど、なかなか多くない。

周囲の例から総合すると、孤立感や孤独感を強く持つ過去が、契機となりやすい
のではないかという気もするが、とはいえ孤立や孤独が常にその結果をもたらす
というワケでもなさそうだし、孤立無援というほどの経験でない例もあるだろう。

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それなりに多種多様な人たちと交わっていけば、そういう他者認識の機会もある、
とは思っていたのだけど、案外そうとは限らないのかもしれない、とも思ったり。
なにせカシコイ人は多種多様な相手であっても論破するなり影響を及ぼすなりで
沈黙させる場面がやたら多く、結果としてハナシを聞く機会がないかもしれない。

むしろ、一見すると莫迦阿呆に見えるような言動をしている人こそ侮り難い存在。
こういう態度は対話を円滑に進めたり相手からの意見を引き出すのが容易なのだ。
もちろん相手に応じて使い分けた方がいいとは思うけどね、少なくとも莫迦阿呆
でも軽視せず対話に乗ってくれる相手であれば、対話しがいがあるというもんで。

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