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2011.12.17

目標は何処に行ったのさ

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 近代戦において作戦計画策定は一人だけの手に負えるものではない。チームでやるしかなく、その場合、情報・連絡・兵站。作戦を担当する参謀が連絡し合い、各部隊への命令から政府との連絡まで膨大な作業をこなす必要があった。そのうえで、作戦参謀は、全ての必要を満たす作戦計画を樹立するのである。
 それでも作戦計画だけでは戦闘に勝利することはできない。各級司令官は与えられた命令の枠内で、独立して戦闘行動を決心し、それに見合った最適な戦機を発見せねばならない。最後は、戦場にいる兵士の勇気こそが決定的要素である。
(別宮暖朗「日露戦争陸戦の研究」ちくま文庫)

現代の専門家がどれほどまでに細分化されているか。

それぞれの分野の専門家が、ある程度は相手の仕事
内容を理解して、自他ともに尊重して協調し合って
いかねば、現代社会のシステムなんぞ一つも動かぬ。

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たとえば「原子力発電所」に関わる専門家としても、
核エネルギー、放射線防護、電気にプラント制御系、
さらには警備だの労務だのといった非技術部門まで
含めて考えれば無数の専門家が必要な仕事のはずだ。

その周囲にも電力会社の経営や国のエネルギー政策、
立地/周辺自治体やら住民など複雑に関連していて、
もちろん一つだけで全てを動かせるはずなどないし、
きっと一つでも排除したら全体のバランスは崩れる。

それぞれの立場から主張するのは大切な活動だけど、
言いっ放しで他者の声に耳を貸さないのは違うよね。
それぞれの立場に基づく貴重な知見を共有しないと、
現代のヨノナカなんて停滞するだけなのだからして。

ところが現代社会においてのエリートという人種は、
しばしば「過去一度も負けた経験のない人たち」で
あったりするもんだから打たれ弱いというか何つか。
おそらく庶民も勝負から逃げていて同様の傾向だが。

だもんで他分野の専門家の意見に耳を貸さないとか、
または自分野の手法に基づく(他分野には通じない)
理屈で“論破”して勝利したコトにするだけだとか、
そんな残念な状況に陥っているケースも散見される。

もちろん恐怖や怒りなどに駆られて暴走して無闇に
特定分野を攻撃する人々がいたり、それに対しての
反発も行き過ぎてしまいがち、な事情はあるにせよ。

エリートなればこそ尚のコト人的スキルも求めたい
のが一般庶民の感覚ではあろうけど実際には僅かな
一部しか両立できていないように思えるのでむしろ
補佐して仲介する役割の人の存在が重要な気がする。

それはそれとして、全体を見渡してそれぞれの位置
関係と動向を見極め、自己に可能な範囲内で決心し、
行動するのは、個々人の勇気次第ってコトになるか。

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