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2011/12/30

現人を加味する考え方など

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システムについての議論をすると、しばしば以下のような論が出る。

a)「ヒューマンエラーは完全に防げるものではないのでシステムで」
b)「システムは想定した範囲でしか対応できないのでヒューマンで」

前者は設計における理想論、後者は運用における現実解、てトコか。

まあ実際よくできたシステムに依存してしまって運用が疎かになり
システムの想定外の事象に対応できず失敗する例も少なからずある
と思うんだが、それについては運用体制という“ソフトウェア”な
システムについても同じようなコトが当てはまったりもするワケで。

システムに任せるのか、ヒューマンに任せるのか、といった問題は、
どちらか一方で済むハナシではないんじゃないかとも思うのだけど、
得てして人間どっちに正解があるものだと思ってしまいがちらしく、
この種の論争は頻繁に生じるし、たいてい勃発しても平行線を辿る。

かなり前に技術系の友達と現合(現物合わせ/現場合わせ)の功罪に
ついて議論し合ったコトがあるが、これも設計と運用の問題に近い。

個人的には現場現物を上手にフィットさせる職人芸にも敬意を払い、
同時に実態を良く知り緻密な設計を行う技術者の腕前にも評価する。

そりゃそうだろう、どっちが欠けてもシステムは上手く回らないさ。
全体が円滑に動いている状況ならば双方が信頼し合えるだろうけど、
どこかに不具合が生じた途端、互いに責任を押しつけ合ったりして
ギスギスした雰囲気になってしまいがちで、むしろそこが課題かも。

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なお現代社会ではテクノロジやマネジメントの方が著しく発達して、
“現人”のスキルやテクニックが乏しくても対応させる傾向が強く、
特にシステムや体制を設計する側の立場でそれが目立ちがちなので、
そこらへん上手に補正できるよう留意しておきたいトコロではある。

なにしろ設計する際には自らの意図が充分に盛り込まれているもの
として作り上げているので、その隙間の不手際など自分から気付く
コトが難しいし、レビューする者たちも似たような背景の持ち主で
あるなどで同じような見落としが生じやすかったりするワケだから。

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