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2011.12.20

制御できない力は被害をもたらすけれどコントロールできるエネルギーは役に立つよね

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友人や家族から愚痴を聞くのは度が過ぎれば時間を費やし疲労するものの
基本的に大した苦にはならないし相手にとって愚痴を言える程度の人物だ
という証拠でもあるし結果として気分が改善するなどの理由で嫌ではない。
むしろ適度に喋って気が楽になってくれる様子を見るのは楽しいとも思う。

「何故か愚痴を言いやすい」と一部から評判を頂戴しているのでおそらく
愚痴の聞き手として若干の素質があるのだろうとは思うがそれはともかく、
不平不満といった感情は適度な速度で放出すれば本人にも周囲にも大きな
被害を与えるコトなく緩和できるものだという実感を、経験から得ている。

怒りや悲しみといったネガティブな感情には本人が可能な範囲で向き合い、
少しずつ消化していくコトで、同じく割と安全に処理していけると考える。
ところが恐怖心は、当人にとって信頼できる対象から安心感が得られれば
和らぐけど、一緒に怖がる人がいても大した効果はなくて、扱いが難しい。

特に扱い難いのがアレだ、「もうセカイ(orニホン)は終わり」とかそんな、
いわゆる終末思想系のホラーファンタジーというか何というか、な不安感。
場合によっては単なる怖いモノ見たさで怖がっているようにも受け取れる、
そんな感じの不安感を拭うのは、さすがに時間の浪費とさえ思えてしまう。

まあそれは(実際ある種の個人的な愚痴のようなものだからして)ともかく。

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