« 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(82) 『積みにくいんで一思いに混ぜちゃった』 | トップページ | 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(83) 『敵は自己保全本能の内側にありやなしや』 »

2011/12/01

聞かねば語れぬ

20111201_img_8478_1s


おしなべて人間とは、そんなに迂闊でもなく、モノゴトを
理解できないというワケでもなくて、実際にはそれなりに、
やればできる子だったりする、というのもまた事実らしい。

だから押しつけがましい言動や相手を軽んじた態度などは、
それこそ聞き手に失礼なコトなのではないかと考えている。

たとえ小さな子供であっても、しっかり事情を飲み込めば、
それなりの覚悟を示して決断するコトはできるものと思う。
(ただし、決断を促す大人の側の覚悟も求められるだろう)

--
他人のハナシは聞くが言うコトは聞かぬ、なんて性格では
あるけど(それこそ自分自身の言うコトさえも聞けない!)
それでも他人のハナシさえ聞かぬ者たちとの比較でいえば、
マシなんじゃないかと思うのは単なる思い上がりだろうか。

文章を読む能力は高くても文脈を読んでくれない人がいる。
そんな人の書く文章からは文脈が見えてこなかったりする。
字義通りに解釈していかないといけないらしく対話が困難。
しかし、そういう人たちも、たぶん同種の人たちの間では
特段の違和感もなく対話しているのではないかと思われる。

たとえば実際に観察してみると高学歴安定就職組だったり、
学術とか芸能方面の奥深いトコロにいる人物だったりして、
要するに本人と周辺の限られたセカイの中で使われる用語、
知識体系や対話手法などが議論の必須条件だったりしてる、
範囲の限られた集団内でのローカルなプロトコルだったり。
そもそも学術分野が違うと用語の定義も微妙に異なるけど、
自分の分野に籠もって生きてる人だと気付きにくいのかも。

つまり単に全く異なる言語解釈メソッドを持つ存在なだけ、
とは思うのだけど、そのあたりの理解は未だ困難を極める。

なにせ微に入り細を穿つ如き議論は苦手な大雑把者だから、
地道にハナシを聞いて相手に合わせて道を作るしかなくて。
ただ語る内容が難しいのなら、せめて用語は簡単にしたい。

|

« 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(82) 『積みにくいんで一思いに混ぜちゃった』 | トップページ | 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(83) 『敵は自己保全本能の内側にありやなしや』 »