« ところで専門家の扱いについて素人っぽく考えてみた件 | トップページ | とりあえず人間的な成長なんぞボンヤリと考えてみた件 »

2011.12.23

どういう姿勢が一般人として妥当なのかと考えてみた件

20111223_dscf5736_1ts


全体が変形しつつ激しく動き続ける中で自らの位置や次の動きを予測し
自発的に合わせていけるような個体で在り続けるなんて、非常に難しい。

果たして誰もが出来るものか(反語)。もうそれはきっとプロだろうから。

--
いわゆる職人気質について、いろいろと現代人が評価してるようだけど、
おそらくあまり評価されていない点について、ここで軽く触れておこう。

しばしば職人の仕事というのは非常に細分化されているもので、一つの
品物が完成するまでの何段階もの工程を、それぞれ専門職人が担当する
なんてのは、伝統工芸でも工業製品でも割とよくあるコトだったりする。
というか商品の流通販売経路でも何段階かの専門職を経ているワケだし、
企業などに所属するホワイトカラーだって、チームで動くなら基本的に
それぞれのポジションで仕事をしているワケで、トポロジ的には同類だ。

まあそれはともかく、特定分野に特化した職人ほど、他の仕事の職人と
共同で仕事を進めなければいけない事情があるワケで、そういう職人は
組む相手の仕事を尊重し、その技量や責任感に信頼を寄せるコトが多い。

なにしろ自分一人で何もかもできるワケではないと思い知っているから。
そして自らが身に付けた技量や責任感に相応の自信を持ちつつも、なお
未熟な部分があると認識し、その点を改善していこうと努めているから。

だから相手も、仕事の内容こそ異なるものの、そういう姿勢を共有して
いるものと見倣し信用するコトができ、その仕事にも信頼を寄せられる。

この感覚を拡大解釈していけば、そして社会は人間が動かしているもの
という認識に立てば、どのような分野のプロでも相応に信用できるもの、
と考えていけるだろうとも思うが、最近の人はプロではないのか(疑問)。

|

« ところで専門家の扱いについて素人っぽく考えてみた件 | トップページ | とりあえず人間的な成長なんぞボンヤリと考えてみた件 »