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2012.01.29

半生紀(31) 現在に繋がる過去のいくつか

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1)
それなりに数多くの喧嘩をしていた少年時代を思い出す。
喧嘩の発端だとか理由なんぞの大半は忘れてしまったし、
そもそもどれほどの頻度で喧嘩していたのかも曖昧だが、
ガキの頃、些細なコトで腹を立てていたのは事実らしい。

甥たちの喧嘩などを見ていると、きっと過去こんな感じ
だったのだろうと思うし、その彼らを「喧嘩両成敗」と
毅然とした態度で叱れるように、磨きを掛けたいものだ。

これから先も、どうせいくらでも喧嘩を目にする機会が
あるだろうし、ときには自分自身が喧嘩に巻き込まれる
コトもあるだろうから、このあたりの向上は欠かせない。

2)
大学時代の学外サークルでは、バカやってイキがってた、
というか専攻などお構いなしに学生同士で議論を交わし、
分野によって思考や論理立ての作法が違うコトに適応し、
互いに伝えたり伝えられたり、一緒に考えたりしてきた。

社会に出てみれば、同じ分野だけでハナシをしてなくて
良かったと思える機会が少なからずあって安心する一方、
もっといろいろな分野のハナシを聞きたいと思うに至る。

考え方が違うからこそハナシを聞いて面白いものである、
というコトに気付けたのが最大の収穫だったと言えよう、
その楽しみを他の人にも伝えていけたらいいなとも思う。

3)
自然体で自然体になりたいとかそういう感覚も常にある。
ずっと昔から頑張るとか努力するだとか無理をするとか
そいった感覚が大の苦手で、要するにワガママなんだが、
好きなコトなら長く続けられるというのも分かってきた。

興味が狭いであるなら何事か突き詰めたかもしれないが、
これが不思議なトコロだけど幅はどんどん広がっていき、
気付けば「好きなコト」とは手当たり次第となるまでに。

当人が何かを我慢し努力して何かを身に付けていくとか、
被保護者の好き嫌いを無理に矯正したりするのも一手と
思うけれども、そうでなくても自然に直る例もあるよね。

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そういった具合に過去は現在へ導き、将来への像を結ぶ。
日々テキトーに流れているように見えて実は考えている、
そんな姿を目指しているコトは、まあ公然の秘密である。

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