« 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(85) 「鰯の頭も信じん」からのハナシ | トップページ | 老爺心は余計なお世話かもしれないとは常に意識しているつもり »

2012.01.09

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(86) その身の振り方に知恵が回ってるかね?

20120109_img_8915_1s


全てに全力を尽くそうとする姿勢の人物がいて、見上げた根性だと思う一方、
何もかも手を出し口を出すとしたら、重点を見失ったりはしないだろうかと
心配してしまうのは、きっと怠け者の感想に過ぎないか、あるいは老爺心か。

逆に考えてみよう、各自が自分自身の能力を生かして必要と思われる役割を
果たすべく最大限に努力するとしたら、むしろそれぞれが自分自身の役割に
専念でき、齟齬やヌケがない限りは全体として大きな効果が出ると思うのだ。

ここで問題となるのは、その条件、「齟齬やヌケ」という部分にあるだろう。
社会に大きな問題が生じていないように見えるときには、つまり“たまたま”
大きな自然災害や経済不安、紛争戦争などがなく平和が続いている場合には、
この齟齬だのヌケだのは、多くの人たちにとって認識の範疇外つまり想定外。

そして社会不安が顕在化した途端に、想定外だったコトに気付いて慌て焦る、
これまで想定してこなかっただけに齟齬やヌケに対して的確な評価ができず、
これまでの経緯どころか全体の中での位置付けさえも考慮することができず、
システム不備が原因と思われるトコロも多いにも関わらず個人や組織を攻撃。

そういうのを多くの人たちが一斉にやったら、そりゃ社会システムも停滞だ。
まあ要するにそんな素朴な感覚の津波のようなのがまさに社会を襲っている。

--
災害に遭ってなお自らが足場とする地域に踏み留まり立て直そうとしている
人たちは、そんな社会システムの不備に苦しめられつつも、自分たち自身の
生活がかかっているだけに、必死でやるしかないし、他の個人や組織を攻撃
するなんて余裕もないワケで、それぞれ自分の力をフルに発揮するしかない。

そういう人たちを、余裕のある人たちが支援できるとすれば、関連する組織・
集団などが社会システムから求められる機能を発揮できるようにするコトで、
それらを攻撃したり排斥するコトでは、決してないと思うのだが如何だろう。

基本としては各個人や組織の善意を信用するけれども、そこには齟齬やヌケ、
機能や能力の不足や無駄もあるし、必ずしも信頼性が高いとは限らないので、
不足のない部分の機能については維持を図りつつ不足やヌケを是正していく
よう促していくのが、その知恵を働かせるのが、やはり大事だと思うのだな。

もし貴方が能力のある人であるならば、その使い方にも知恵を持とうよ、と
社会的に大した力も持たぬ東京の片隅の一人暮らしの自営業の中年男は思う。

|

« 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(85) 「鰯の頭も信じん」からのハナシ | トップページ | 老爺心は余計なお世話かもしれないとは常に意識しているつもり »