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2012/01/25

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(88) 情けは他人の為であるかどうかは、やってみなけりゃ分からない

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「話せば分かる」は違うと思うけれど「話さないと分からない」とは思う。

理屈っぽい人は怒りのポイントが分かりづらい傾向があるような気がする。
感情を論理で覆い隠すのが上手すぎてストレートに伝わらないのだろうか。
だからこそ時間を費やし言葉を尽くして遣り取りをする必要があると思う。

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「いろいろな人のコトを考えているのは凄いけれど、考えすぎて身動きが
取れなくなくなるのではないか」との指摘を友人から受けた深夜の長電話。

その指摘は、ご尤もなトコロがあるかもしれん。考えたコトはなかったが。
ただ、ある程度は、普段から自分ならこうすると決めて修正していながら、
その上で多様な人々のコトを考えているので、それほど重たいしがらみに
なるとは思わない。むしろ自分の判断材料プールの拡大に役立つだろうと。

まあそういう言い訳はともかくとして、経験が足りなければ、すればいい、
経験のしようのないトコロは、経験者に話を聞いて想像力を働かせて補う、
そうやって、多彩な視点での情報を得て考えの及ぶ範囲を深く広くしつつ、
そんな混沌としたヨノナカを想像した上で、自分自身どうするのか決断し、
さらには別の立場にいる友人知人などに対する助言の判断にもなってくる。

なお、友人へのアドバイスを惜しまぬのは、その友人が、ひょっとしたら
忘れた頃にアドバイスをしてくれるかもしれない、といった期待感もある。

言うまでもなく、物凄く功利的な考え方ではある、でもコレは押しつけの
親切では返ってくる筈もない、役に立たぬ中途半端なアドバイスでは、ね。
よほど当人にとって役立つ内容でなければならず、むしろ緊張感に繋がる。

そして大事な点がもう一つ。「傍目八目」。思い上がらぬためにも重要だ。

助言する側は当事者ではないから、より客観的な視点から考えられるけど、
助言する側は当事者ではないから、もちろん実際の活動には加われなくて、
そのもどかしさがあるからこそ、周囲までカバーする広い視野を生かして、
本人の状況判断に効果的な意見を提供するようにする、だからこそ役立つ。

そんな風に考えて、相手からのフィードバックを得つつ長電話は続くのだ。

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