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2012/01/17

結果で物語ろうとするならばこそ今と将来を大切にすべき

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有言実行でなく実行無言な気がする、というかそうありたいらしい。
特にネット上はプロフィールに「我は○○也」と記しているような
人物が目立つように思えるので、「実態を見て勝手に考えてね」と
ばかりに、ほとんどアテにならない自己紹介を書いてしまう天邪鬼。

まあ実際、人の考えは変わるものだし、やるコトも変わっていくし、
今どのあたりにいるかを小まめにチェックして書いておくのも面倒、
あるいは願望が多分に含まれたような自己評価を記すも恥ずかしい、
そんな感覚だから殊更に飾り立てるような表現を避けたいのだろう。

ただし、その感覚は卑怯な意図に基づくものであるとも言えそうだ。
要するに周囲に「言うだけの人」なんて印象を持たれたくないのだ。
やってできたコトだけを言うなら実行力のある人物と思わせられる。
もちろん実直さは美徳だと思っているけれど行き過ぎは良くないな。

ガキの頃は試験成績なども悪くなかったせいか、大したアピールを
しなくても何故か妙に目立ってしまい、、むしろ控え目に行動する
くらいの方が周囲からのちょっかいを受けずに済んだのだろうとか、
あるいは何か発言したらサボるコトもできなくて面倒を被るだとか、
行動するより全体を見渡し口を出す方が性に合うなんて理由もあり、
いろいろと今になってみれば思い当たる節もあるのが、それはそれ。

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自営業経験の長い友人と電話で喋っていたとき営業活動についての
話題になって、積極的に行っていないと伝えたら笑われてしまった。
まあそんなワケで大した稼ぎもなくて貧乏が続いているワケですよ。

まだまだ、そういう甘えた部分があるので、なかなか気が抜けない。
たまには自分自身に課題を課してクリアしていく試みも必要だろう、
それから、少しずつでも経験や実績を積んで語れるコトを増やそう。

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