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2012/01/19

跳ね返してばかりではソコが見えない

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苦労話を聞かされたとして他人がどう反応するか、てのもあるよな。
人によっては他人の苦労話なんて面倒臭いとしか思わないだろうし、
逆にゴシップ的な感覚で聞きたがる人もいるかもしれん、あるいは
ひょっとしたら親身になって苦労話に寄り添ってくれるかもしれん。

だいたい親しくなってくれば他人事でなくなってきてゴシップ的な
扱いを受けるコトも少なくなるので、そういう関係を築き上げたと
確信を持てるようになるくらいまでは身の上話も出てこないもんだ。

まあ逆にいえば、そのくらい理解が深まった上での苦労話となれば、
自身の失敗も含めて相手と共有していけるのだろうとも思うけれど、
少なくとも、いきなり愚痴って共感を得られる可能性は低いワケで。

それと同様に、いきなり怒りの言葉をぶつけたりするなんてコトを
したって、たいがい相手に跳ね返ってくるだけでしかないのだけど、
案外そういうコトをしてしまいがちな人は、やっぱり多いんだよな。

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怒りだとか非難だとか、またそれらの成分を含む揶揄などといった
ネガティブな声に対しては、できるだけ共感して返したいなと思う。

単に反射するのではなく、屈折させ色を分解したりするような反応。
斜に構えた姿勢は、そのために有利であったりもするのだけれども、
それを上手に行えるようになるには、当然ながら相手を子細に観察、
深く理解していく必要があるワケだが、ちょっとした角度の違いで
全反射されてしまうコトもあったりして、実に難しいものではある。

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