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2012/01/23

波風立てば光と影が乱舞する

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喧嘩が百害あって一利もないような行動であるとは、しかし思わぬ。
たとえば喧嘩の発端となり喧嘩の拡大に大きな役割を果たす怒りの
感情などは、むしろ余計な理屈なんぞ抜きにして純粋に取り扱って、
自ら真摯に向き合うようにすると、なかなか得るコトがあるものだ。

子供たちの喧嘩などでは(ときには大人たちの喧嘩でも)、それこそ
「仲良くしたいのに相手の反応が自分の期待とは違っていて怒りを
露わにしたら相手も反発してきてエスカレートしてしまった」的な
経緯を辿っていったりするケースも少なからずあるが、喧嘩により
本音をぶつけ合った後で、しばし間を置き冷静になった頃に互いの
言い分を消化していったり、自らの行動にも反省すべき点があると
気付くなどして、自分自身および喧嘩相手、ひいては人間そのもの
について大きな経験が得られる、なんてコトが、結構あったりする。

いったん怒って、それが収まってきた頃の、あたかも熱処理の如き
心理的効果が、人間の精神を強くする、といったトコロであろうか。
こんなコトを書いている、怒りを忘れかけた中年はともかくとして、
未だ青年の如き熱き心を忘れぬ人たちにとって成長の機会になろう。

同じく危機感を抱いた者たち同士で、微妙に方向性が違うコトから
衝突して喧嘩に発展してしまうといったケースも、少なからずある。
その原因の根本は課題設定を共有し損ねたコトにあるはずだけれど、
何故か危機感そのものを共有できていないと認識してしまいがちで、
そこに気付きやすいのが衝突後の後始末を一緒に行うコトだったり。

そもそも喧嘩が始まる前に止めるのは困難。なんといっても兆候を
察するには情報収集の網を張り巡らせ気を張り詰めさせるコトだし、
事後処理を通じたフォローの効果の大きさは経験上よく知っている、
おまけにそれが性に合っている。といった理由から、そうしている。

当事者および第三者への被害が拡大しないよう火消しに努めながら、
その後の安定化に繋がるルートを探り、ある程度まで軟着陸させた
あたり(完全復旧の状態ではなく)で撤退し、あとは当事者に委ねる。

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そんなワケで当事者たち、およびとばっちりを受けた人たちも含め
若干のダメージを受けるし、手を出す手間は手弁当の持ち出しだし、
どうしても三方一両損になってしまうが、それぞれ得た経験を以て
「三方一両得」となってくれればいいな、という具合に考える次第。

まあ火事場泥棒になりたくないので精一杯の持ち出しをするけれど。

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