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2012.01.06

このクニのカタチ・おてんとさまのおかげさま

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苦労や努力は報われてほしいものだし善が栄え悪は滅びると幸せかもしれんが、
そうならぬヨノナカは間違いだとか社会が悪いんだなんて思うのはどうなのか。

「努力したのに報われないから認めない社会が悪い」となればナニサマだろか。
あるいは全くの善意から「あの人があれだけ苦労していても報われないような
間違ったヨノナカを正さねばならない」とかいう感覚も、程々にしておきたい。

さすがに躾が足りぬかのような人たちの傍若無人な振舞から無法状態になって
しまうような状況であるなら勧善懲悪的な考え方に頼りたくもなろうものだが、
むしろ現代日本社会は“完全なる超悪を糾す正義”のようなのが幅を利かして、
純白や純黒の存在しない灰色ばかりのヨノナカに過剰な反応をして荒れる議ー。

実は躾だとか道徳教育の行き過ぎなのかも、とか最近は思うようになってきた。
たとえば「良いことをしたら褒める」という教育。あまりに行き届き過ぎると、
「褒められない善行はない」という感覚を植え付ける結果になってしまわぬか。

もっと言おう、正義の遵守を声高に叫べば何かの(おそらく高次の)存在により
裁きが為され悪が罰せられ以て平和は保たれる、てのも保護者依存しすぎでは。

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主張だけしていれば状況が好転するというのなら、社会はどれほど楽なことか。
だいたいにして社会てのは極めて不条理で混沌としたものだと思うのだけれど、
それでも生きていられるのだから実はヨノナカ捨てたもんじゃないとも思うね。

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