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2012.02.17

一人なら喋るために頭を使わなくても済む道理

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対象が個人でなく、複数の個人の組み合わせであったり、
より多数の個人や組織が関わる集団であっても基本的に
同じような感じでモデル化して各々の動きを考えている。
さすがに思考能力の限界があるので精度は落ちるけれど。

複雑怪奇に絡み合いながら変化していくファクターの中、
各自が異なる目的と感受性を備えた無数のアクターたち、
自分自身の存在もまた一つのアクターとして想定しつつ、
そうして組んだ複雑系を、あたかも外から眺めるように。

そんな視点に立てるのは、実は孤独だからかもしれない。
所属する社会集団や組織などによるバイアスが少なくて、
人物や組織を客観視してモデル化するのが容易なのかも。

同居家族がいたり、会社の中で忙しくしていたりしたら、
こんな風に考える日々が続いたりしなかったかもしれず。
まあ自由業が暇かというと、そんなワケでもないけれど。

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そして独り者ゆえに、「らしさ」を身に付けねばならぬ
といった経験も少ないから、きっと「らしくない」点が
「いい歳して」いながらも、相変わらず多いのだと思う。

ふと思えば、そういう人は昔より増えているのだっけな。

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