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2012.03.27

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(94) 「為しても成らぬ事もある、もし成らずとも人のゆゑなりけり」

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「震災津波や原発事故がなければこんなに学ばされるコトはなかったものを」
という声もあるだろうとは思う、けれども既に生じてしまった事象は戻せぬ。
遡るのは、原因究明を行って再発防止策を検討・実施して不安解消に繋げる、
あるいは、個人や法人の責任を追及するコトで不満の解消を図る程度だろう。

自分で自分を苛んで自らを追い詰めてしまっているような人など無数にいる。
自分自身至らぬ詰まらぬ者でしかないコトなど嫌というほど思い知らされた。
そこで嘆いても仕方ない、今日できなかったコトは明日できるようになろう、
そのためには悔いるキモチなど思考の邪魔なので脇に避けておいた方がいい。

さらに言えば、他者に悔いるコトを要求するのもまた好ましいとは思わない。
要求したい人を止めるものではないが(したければやればいいと思っている)、
ただ、自分が他人に対して要求するコトはしたくない、わざわざ見も知らぬ
他人の反省に手を貸してやる必要は感じない、そんなのは勝手にすればいい。

というより、本人が気付いて必要を感じない限り、なかなか本格的な修正は
行われないというのが人の常なので、他者としては気付きに手を貸すくらい
しかできないし、それすら、身近な人を相手であっても、非常に困難なのに。

「しょせん他人は他人」、それは気楽な言い方だけど、どこか残念でもある。

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過去の経緯と現状そしてそこから比較的容易に導ける程度の範囲の未来予測、
それらを踏まえるのも大変だけど、その上で「だからダメなんだよ」と言う
のでなく、「こうすれば良くなるのではないか」と言うのは、さらに難しい。

ましてやそのコトを、自分の意志で動かせる自身に期待するのならまだしも、
意志の及ばぬ他者だとか、ほぼ他者の集合体である社会に対しては、もうね、
「なるようにしかならぬ」と思っておくしかない。上手く行ったら嬉しいな。

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