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2012/03/28

定形外は否定形にあらず、単に不特定

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ある朝、夢の名残の朦朧とした意識の中に一文が明瞭に浮かんでいた。
「反主流ではない、非主流なだけ」。ああそれは無意識の自己紹介か。

常道本道大道でなく横道間道閑道の方が性に合うし王道にも縁がない、
けれど割と人の通りの多い正道にも邪道にも関わり浅くて済んでいる。

太くて真っ直ぐな道は面白味に欠けるというか変化に乏しくて飽きる。
でも時間を節約しつつ遠くに行きたいときには使うコトに吝かでない。

右へ折れても左へ曲がっても中道を往っても先では一つかもしれない。
他人の道が歩きづらそうに見えても当人は楽しんでいるかもしれない。
逆に今いる道は他の道の人からすると危険が見えにくく落ち着かない
道だと思われているかもしれないし、走り続けてないと流れに乗れず
非常に苦しい道だと思われているかもしれない、そこは歩き方次第だ。

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別の道を往く者たちの邪魔をしたいなどとは思っていない、ただその
道に不満や不安があるなら、他の選択肢もあるというコトを意識して、
どの道が自分にとって適切なのかを検討してみればいい、と思うだけ。

どのみち人生で使えるリソースは人それぞれに限られているのだから、
折に触れ状況に合わせ都合に応じ考え直したっていいんじゃないかな。

そういう意見を密かに置いておくくらいは、大した邪魔とも思わない。

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