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2012.03.15

読み返り振り返し ネガティブな感情の裏を取る

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何も役立つコトができない中で事態の推移を見守るのは、
多くの人には非常な忍耐力を必要とするコトなのかもな、
と思いつつネットを眺めていたのは梅雨の頃だったかと、
ざっと見ればヒトビトの不安や怒りについて論じていた。

怒りと問題解決を切り分けるコトのできない人が多くて、
日頃の当事者意識のなさの裏返しかのような非難の声に、
さすがにイラッとして逆批判を加えたコトもあるけれど、
それより彼らの心理状態を知ろうとしていたように思う。

いわゆる陰謀論は、「誰かor何かに委ねたい」依存心に
由来しているのではないか、といった考察も行っていた。
感情は本物なのだから、その原因も存在するに違いない、
といった思考パターンが存在しているのではないか、と。

漠然とした不安感を説明するに足るだけの理由を求めて
「来るべきものが来はじめたので不安は本物だった」と
言いたいばかりに放射能による健康被害情報を探し回る、
遣り場のない怒りを裏付ける理由を探し求めるあまりに
ひとまず日頃は縁遠いテレビの向こうの上の方の存在や
その背後のいる人たちに善意がないものと決めて掛かる、
といった傾向が、日頃に増してネット上から読み取れた。

「怒っている人に対して冷静な言葉を浴びせて
後で思い返して申し訳なく思ったコトもある」

などと書いているので、その過去の反省を踏まえた上で
あえて静観を決め込んでいたというコトになるのだろう。

まあ負の感情については些か身に覚えがあるワケだから、
自身の感情を探って裏返してみて少しは見えた気がする。

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「隠された真実」とか「誰もが必ず辿り着く結論」とか、
そういうのが確固たるカタチで存在しているのだろうか。
おそらく陰謀論を口にする人たちの多くは、そこまでの
明確な自己認識をしていないのではないかと考えている。

ついついヒトは犯人捜しをしてしまいがちなものだから、
巷で極悪人や悪の結社か何かのように呼ばわれる存在が、
実は違うのだという仮定で成り立つ筋書きを考えてきた。

いわば行動経済学的な考え方というコトになるだろうか、
ヒトは合理的な判断・行動を為すような存在ではなくて、
もちろん集団内の統率や意思疎通も完璧には程遠いもの、
すなわち陰謀論者が説くような合目的的行動ができない
からこそ社会に問題が生じるのだと、思うに至っている。

要するに陰謀論には否定的というワケだけど、陰謀論に
傾倒している人自身が、やはり不完全な合理性に基づき
判断・行動を為しているのだと思えば少しは腑に落ちる。
そして、そういう人たちに対するイラつきも薄れてくる。

そんな考え方は「上から目線」と言われたりもしたけど、
なに大丈夫、コチラも同じように不完全な存在に過ぎぬ。

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