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2012/04/19

出張旅行記(49) 「朋あり遠方より来る」の主語が自分自身であっても成り立つ日本語

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久しく訪れていなかった遠方の友人宅へ出張ついでに仕事を終えた後に訪れた。
どのくらい会ってなかったか思い出せないが、かなり前であるのは間違いない。
電話やメールで連絡を取り合っていたものの前に訪れたのは引っ越し前の住居。
アパート暮らしからローンを組んで郊外の持ち家へと移ってからは初の訪問だ。

最寄り駅は以前より近くなって徒歩でも気軽に行けるくらいの距離となったが、
その駅が以前は特急も停まる乗換駅であったのが今では普通列車のみの私鉄駅、
交通の便という点でいえば一長一短というトコロだろうけど悪くはないと思う。

旧交を温め軽く酒を酌み交わし、一晩泊めて貰って翌日も随分と喋って別れる。
かつて激しい喧嘩が悩みの種だった夫婦だが今は双方の健康問題が主な悩みか。

齢を重ね精神的には許容範囲が広がったものの身体的には衰えが始まっている。

こちらも出張前には家事や準備などで徹夜して疲れが出ているのを強く感じる。
若い頃は出張となれば移動中も車窓を楽しんむものだったが今は仮眠が多いな。

まあ友達との関係が長い付き合いになれば当人たちも歳をとるのが当然の道理。
そうして一緒に老けていくコトを許容し一緒に精神的な成長を重ねていくコト、
それこそが親密な関係を示すのに相応しいものなのかもしれない、とも思える。

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帰りがけ、鉄道網の都合から友人旧居の最寄り駅で私鉄からJRへと乗り換える。
新幹線の指定券を手配しながら、過去に何度も訪れていた頃のコトを思い出す。
そうやって大変だった昔を振り返れるようになったのは、きっと喜ばしいのだ。

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