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2012/04/05

ポジティブな無視

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回避できぬ事情というか“運命”か何かオカルティックな理由により何かを
捨てられるようになった、なんて状況を望む者もいるように思えてきて残念。

それは要するに、複雑に粘着したり乖離したりして絡み合った心理や、自分
以外のヨノナカとかモノゴトとかの複雑な事情を地道に解いたりするような
努力から逃避しながらも、「何か問題がある」という漠然たる個人的な不安
を解消できたらいいなと期待する、極めて依存的な姿勢と言わざるを得ない。

とはいえヒトの能力には限界があり時間は有限、しかも個人差が非常に多く、
同じ個体であっても時と場合によって違うので、非依存的な姿勢を貫くなど
「できない人はできない」「できない時はできない」というコトになるので、
ヒト全てに強要するなど無理というか無茶というか無謀というかそんなもん。

だけどそこまで理解しているつもりでいたって、なかなか上手くは行かない。
筋道立てた理屈で懇切丁寧に説明しても相手の心の琴線に触れなければ無理、
だからといって情に寄り添っていこうとしても背後に論理が見え隠れすれば
相手は敏感に感じ取って「裏に企みがある」「上から目線」といった反応に。

少なくとも大多数を相手とした論理では伝えられる情報量も限られてしまう。
となれば家族や友人のような関係の中で一人ひとり相手に寄り添うしかない。

所詮“他人”の善意は基本的に迷惑なものだと思うしかない、無関心よりは
マシな面もあるが無関心より邪魔となってしまう面もあってどっちもどっち。

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いやそもそも見知らぬ他人の存在なんぞ迷惑でしかないのかもしれないけど。
ともかくも社会の中で生きるには他者に関わりを持たざるを得ないのだから
迷惑というコトをできるだけ明瞭に認識しておいた方が良いのだとは思うが。

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