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2012.04.26

溜飲を下げるのみの結果を求めるコトの刹那さよ

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ユーモアてヤツは感情の冷却に役立つもの。
場を和ませ気分を落ち着かせ会話を弾ませ、
先へ進もうかって気にさせてくれたりする。

ただし自分自身や身近な人たちだけでなく
非難してくるような相手まで笑わせようと
するには、余程の技量がなければなるまい。

それはともかくヒトというのは複雑な存在。
感情を無視して話を進めるコトはできない。
けれども感情を優先しすぎるとコドモ同然。
上手に折り合いをつけてもらわんといかん。

そういうのを押しつけるのでなく、自然に
促していくような方法を求めているのだな。

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もちろんヨノナカいろいろあるものだから、
当人なんの落ち度なく害を被る場合もある。
ただそこから後の行動には個々人の責任も。

戦い方が下手では却って被害ばかり増える。
そしてヨノナカへの恨みばかり募っていく。
追加の被害を自分から拾ってくようなもの。

理不尽に対しては怒るのが普通だと思うが、
駄々っ子に味方する者など多くはないもの。
第三者にまで怒りを向けるようでは周囲の
余計な反発を受けるばかりで逆効果だろう。

たとえば飲食店で店の対応が気に入らない
一人あるいは一組の客が店員を呼びつけて
文句を言い募っているような場面であれば、
その店員がクレーム対応に追われている分、
他の客への対応が疎かになっているはずだ。
「どうでもいいから早く料理出してくれよ」
キッチンでも着々と調理が進んで、あとは
配膳するだけという状況になっているのに
ホール係のリソース不足で配膳が遅れれば
冷めていくばかり、他の客は不満ばかりだ。
度を超すクレームは誰の得にもならぬ道理。

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嫌なコトをしてくる奴がいて腹が立つなら、
ソイツと同じコトをせぬようにすればいい。
激した感情を投げつけてくる相手がいれば、
冷めた気分を見せつけてやるのが効果的だ。

とはいえ、ぶつけられた感情に影響されて
こちらも感情に波風立っている場合も多い。
それはヒトの仕様のようなものではあるが、
しかし自己冷却のための放熱は周囲を熱く
してしまいかねないので注意が必要となる。
冷めた物言いをするつもりが熱を含んだら、
それはやはり、意図に反する結果となろう。

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「何か良いコトを云おうとしてる」なんて、
友人との電話の中で言われたコトがあった。
その指摘は、大きく外れてはいないと思う。

非難めいた意図を隠せぬような皮肉を言う
くらいの苛つきだとか不満感といったのを
消化して、何か別のモノに転化したいのだ。
そして、あわよくば昇華させて役立てたい。

あわよくば、場全体をクールダウンさせて、
直面する問題の一人称の人も二人称の人も、
遠巻きにする第三者まで含めて効果を発揮
するようなコトを言いたいけど、まだまだ。

センスのあるユーモアには昔から憧れてた、
というか、自分で使えるようになりたいと
思いつつ、そういうのを選んで接してきた
けれども、なかなか容易には身に付かない。
まだまだ先は長いので気長にやっていこう。

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多少は使えるようになった方法が一つある。

他者への批判となってしまいそうな場面で、
割と誰にでもあり得る事柄に関する指摘を、
自虐を込めた自己批判として表現するなど、
伝わりやすいし受け入れられやすいと思う。

隣の芝生は青いけれど、それを逆手に取り、
実は変なキノコが生えてたりするんだよと、
道化を演じてみる、というようなものかな。

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まったくオチが弱くて笑いも取れないけど。

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