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2012/05/19

理系用語で読み解く社会(84) 温度変化に応じて、そう、変化するかもしれない

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特定の誰か(複数)ないし不特定多数の代わりに責任を引き受け、
当事者となるコトによって対価を受けるのが仕事、とも言える。

責任を引き受けたくないという心理は、誰にでもあるとは思う。
しかし引き受けねば仕事にならない、そこに折り合いが必要だ。

多くの人にとって落とし処となるのが「中流」なのだろうけど、
その基準は経済成長で上がるのに停滞しても下がろうとしない。

さしずめ金属を焼き入れするようなもの。冷えたら変わらない。
社会の場合は、温度変化に相当するのは景気動向のベクトルか。

だから前の世代に比して苦労を強いられている感がつきまとい、
「これほどまで苦労してるのに」的な怨嗟の気持ちが離れない。

しかも、金銭的に報われないと感じられる状況では、精神的に
報われないコトに対する負の感情が残留しやすくなってしまう。

そして普通に仕事をしていても精神的に報われるコトが減って、
報われぬキモチが発生しやすく充満しやすい環境へと激変した。

そこで不思議なくらい悪者を探したがるのがヒトの良くない点。
「それなりの責任を負っているはずなのに、何が悪いのか……」

そんな気持ちもあるのだろう、目立つトコロに綻びが見えれば
そこにいる連中を叩きたくなる衝動に駆られてしまう背後には。

とかそんな現象が今のニホンのヨノナカで進行しているような。

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責任を引き受ける人物をより高く評価する社会になってほしい。
逆にその勇気のない人も普通に生きられる社会であってほしい。

ただそうなるためには、縮小局面の社会では非常に難しそうだ。
相変化の管理は温度変化を上手にコントロールする必要がある。

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