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2012.05.27

改善できても少々だからと諦めず交渉するココロ

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しかしこんな交渉だって、お互いに顔の見える
関係で仕事しているからこそできるのだと思う。

ヨノナカがサービス化していってしまった結果、
顧客の要求を満たしつつコストを抑えたいから
価格と仕様ばかりで見られてしまうのが道理だ。

そして提供する側も、目の前にいる顧客のまた
先にいる本来の顧客を意識しづらくなっていく。
というか価格競争に放り込まれてしまった結果、
そんなコトを考えている余裕がなくなっていく。

そして当事者性は、急速に失われていくばかり。
ただでさえ頼まれ事をする際には判断が難しい、
その上さらに費用が厳しくなれば仕様を満たす
だけの仕事をするのが精一杯となってしまって、
考えるコトを許さない空気に支配された関係が
サービスを提供する者たちの中に蔓延していく。

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だから、決して大儲けさせろとは言わないけど、
せめて多くの人たちが持続的に生活していける
ような環境になってほしい、と願っているのだ。

少しばかりは交渉の余地があると思われるから、
その機会を無駄にせぬよう、努力を続けようと。

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