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2012/05/13

後で振り返ってみれば先を見ているのかもしれない

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昔は議論のプロだったはずの政治家が信用されなくなり、
政策のプロだった官僚も、知識のプロだった学者たちも、
記者だとか技術者もまた同様、そんな社会で誰が信用に
足るコトを為すのかといえば、もう人々しかいないはず。

社会の舵を取るのが「限られた少数」から「不特定多数」
へ拡大すれば責任感は分散され希薄化してしまいがちで、
そういったデメリットをどのくらいまで抑え込めるかは、
一人ひとりの意識だとか姿勢に依存せざるを得ないので。

より多くの人たちが、「かつての責任者」にも匹敵する
厳しい自律性を持ち、高度な知識を使いこなせるように
なってくれないと、同じようなレベルの舵取りは難しい。
でないと裁判官なき法廷、のような状態に陥りかねない。

これまで無名で(逆に言えば無責任で)やってきた人々が、
(相変わらず無名のままかもしれないが)責任を背負った
プロとしての振舞いを求められる、そんな大変な時代に
これから突入していこうとしているようにも感じられる。

そこに皆が適応していくのに何が必要なのかというのを、
否応なく直面した状況の中で、今まさに実地で強制的に
学ばされている最中だ、という感じの解釈も成り立つか。
それくらい学ばねば今の混乱は全く無駄、とも言えよう。

相応程度の数の人たちが相応程度の適応を果たすまでに、
きっと相当な時間を費やし多くのトラブルもあるだろう。
しかも、身に付けたコトを次の世代へ継承できなければ、
また後の時代に同じようなコトを繰り返す可能性もある。

目下の課題を乗り越えた先には、次の課題が待っている。
将来の世代に対して何を残せるのかという点については、
おそらく、より長期的な観点で、もっと粘り強い姿勢で、
取り組んでいかねばならないコトになるだろうとは思う。

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まあしかし、今の人たちが学ぶコトに成功しなかったと
しても、実は表面的には、そんなに大きな混乱が生じる
コトはないのかもしれない、という感覚も、少しはある。
現場が割を食うカタチで、済し崩しに事態は進むはずで。

日本は現場が頑張って何とかしてしまうコトが多いので、
結果としては大きな問題が生じずないまま運用が続いて、
抜本的な対策も求められないまま構造的欠陥が残り続け、
いつか破局するというのは、宜しくないけれど有りがち。

そして何とかならなかった場合だって、たいてい結局は
「トップ層が腹を切る」だとか「中間管理職の首を切る」
「現場でミスした者がいればそいつの首も切る」そして
「マスコミと民意が揃って組織を吊し上げ」、最後には
「一億総懺悔」で片付いてしまったりしてしまうだろう。

そんな日本的な空気もまた欠陥構造の改善に繋がらない、
というか日本社会の根底にある重大欠陥なのだけれども、
そこを改善できるか貴重な機会が、今なのかもしれない。

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