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2012.05.08

伝えるというコトについての考えを伝えられるかどうか思案

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何をするにせよ他人にモノゴトを説明するというのは大変なコト。

誰かがヨノナカに向け何かすれば何らかの変化は生じるんだけど、
それが決して当人の期待した通りになるとは限らない、というか、
しばしば噛み合っていない状態を強行して思惑が外れるばかりか、
むしろ事態を悪化させるような結果になってしまったりするので、
言いたいという意欲ばかり強い人が危険な存在に思えてならない。
思ったコトを言いっ放しすだけで済むなら、如何に楽なコトかね。

何かいろいろ含むトコロある、微妙にモヤモヤしたキモチの人が、
それを整理しきれず社会の何者が悪であるなど決めつけたりして、
モヤモヤを無自覚なままに文章に匂わすなど見ていて微妙である。
特に考え方を説明する際に表現力の制約からか抽象的な表現とか
インパクトのある用語を多用したりすると、ホント伝わりにくい。

まあこのブログも大して違わないんじゃないかという気もするが、
モノゴトの繋がりが分かりやすいよう淡々と事情を説明しながら、
複雑で長くなってしまう論理構造を一息で言い切るような感じで、
せめて相手が飲み込みやすいようにと心掛けているつもりである。

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あと、どっかの本や偉い人から借りてきたような言葉であるとか、
誇大な語句だとか、接頭辞など駆使して誇大化したりようなのを
使うなどした表現も、モヤモヤを抱える人に多いような気がする。

おそらく彼らは自分が格好悪い存在だとは思いたくないのだろう。
そこまで格好つけるのも好まないので、このブログでは避けるが。

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