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2012/07/05

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(97) 弱い攻撃も数多く打たれりゃ痛い

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精神的に摩耗した状態から回復するには自己肯定感が必要となるもの、
ヨノナカでは、そういう緩やかで着実な回復を目指す動きもあるけど、
自己肯定が個人のワガママの言い訳になりすぎてる気がしなくもない。

もちろん自己肯定というのは過剰な自己批判で自らを抑圧してしまう
精神的な免疫疾患のような状態に陥るのを避ける役割を果たすのだが、
免疫抑制の度が過ぎれば日和見感染のリスクが高まり、さらには他の
疾患を呼び込みやすく、場合によっては周囲に伝染していってしまう。

「ここで貴方が怒って文句を言う、その姿がわたしをイライラさせる。
怒るのは個人の勝手だが、怒りを伝染させるのは公衆衛生上の問題だ」
そんな感じの遣り取りが、このところ頻繁に見受けられるように思う。
そろそろ揺り戻しが生じ始めているのかもしれない、いやむしろ常に、
ヒトのヨノナカというのは個人と社会の微妙な鬩ぎ合いを続けている。

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このような揺り戻しに対し、さてどうやって対処すればいいのだろう。
「じゃあ一緒に考えてよ。でなければ一度言ったらしばらく黙ってて。
そんなコトは二度と言うななんてワガママを言わないようにするから、
一度言うくらいのワガママは許すから。それでお互い様だと思うんだ」

個人対個人なら、これでいいかもしれない。ただ不特定多数が集まる
場面では、一人が一言ずつ発言するだけでも全体としては膨大な量に
なってしまい集中砲火を受けて四面楚歌のように感じてしまうコトも。

だからといって1対1の対話を要求するのも、その相手によっては逆に
多人数からのリクエストが集中してDDoS攻撃となってしまいかねない。

拡大されたコミュニティでは数の暴力を避け難いというのは常に課題。

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