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2012.07.26

別の方向から現実を見てみると

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その番組を見たりその記事を読んだりしてないと分からないような話題とか
そういうのを会話の中で持ち出しておいて見てない人がついてこない様子を
「話が通じない」と呆れたりバカにした風な態度で話を打ち切る人いるよね。

自分と話をする資格があるのは自分と同じ知識や意見を持っている者だけだ、
自分が何とかする気は全くないが他人は何とかしろと言っているように思え、
さらに言えば「自分を変化させる気は全くないが他人は変われ」との印象も。

そういう理不尽な要求をする者どうしが接触すれば、そりゃ衝突にもなろう。
そういう者がヨノナカに一人だけというはずもないので、まあ接触もあるさ。
だからときたまオレサマ人間どうしで衝突するアリサマが見られるのが現実。

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そういう現実認識に立つとオレサマ人間でない方が衝突の危険は少なそうだ。
となれば、できるだけオレサマ人間でなくなるように自分を変えた方が良い。

もちろん現実の是非について語るコトも重要で、オレサマ人間ばかりの社会
というのは危険だからオレサマ人間は悔い改めるべき、との主張も成り立つ。
ただ主張するだけで現実が変わるワケでもないので、現実を受け容れつつも
より良い在り方への変革を目指す姿勢が必要になるのではないかと思うのだ。

あわよくば全てのオレサマ人間が、そうでなくなるようになったらいいよな、
との考え方は、きっと現実認識からも理想論からも共通して目指せるゴール。

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