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2012/08/17

人的資源第三者的利用法

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訴えるというのは自分で決定打を出せないという宣言でもあるだろう。
だから誰か第三者の裁定を、それも自分に有利であるとの前提で待つ、
というか第三者が自分を支持してくれないはずがないという思い込み。

その考え方というのは実は、第三者の権威を尊重しているというより
その権威が社会の中で相当程度に認められているという前提に立って、
【何故か】自分に都合良く動いてくれるはずだと安易に期待している。

そういうトコロから推測すると、第三者に対しても、さらに言うなら
議論の相手に対しても、大した関心も持っていないように思えてくる。
だからなのだろう、他人の人格を平気で踏みにじるコトができるのは。

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ヨノナカあらゆるモノゴト、いやそのモノゴトを構成する他人てのを、
(民間のものなら対価を払えば、公的なものは法令を逸脱しない限り)
自由に利用する権利を持っているという感覚が、ひょっとしたらある。

ヒトの仮想化サービス化の行き着くトコロは、そんな認識なのかもな。

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