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2012.08.16

他人を呪う方法を考えれば考えるほど、自らに掛けた呪いは解けなくなる

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年齢性別職業出自に居住地家族構成趣味云々といった各種の属性とか、
ネット上では気に食わない匿名人物のアレコレを探るのが流行らしい。
真の名を知れば呪いを掛けるコトができる、というのでなく、実際に
訴訟だとか訴訟をチラつかせて発言を封じるような感じに使ってたり。

そういう事態に至るまでの話の流れを観察していくと、割と初期から
ギクシャクしていたり微妙に噛み合っていなかったりするのが徐々に
拡大していき、たいてい端から見て「分が悪い方」がソレをやらかす。

言い回しを変えて隠そうとしていても表面的に取り繕っているだけで、
不信感や不快感、そして「絶対に言い負かされまい」といった感情が
漏れ出てきていて、どうにも言い繕いきれなくなって最後の手段、と。

そのへんどこまで自覚してるのか外からでは判別し難いのだけれども、
少なくとも後味の悪さを噛み締めているだろうコトは想像に難くない。
「言い逃れでも別に構わない。罪悪感を抱えて苦しむのは当人だから」
とでも言ってやれば痛快かなと思っているけど、あんまり機会がない。

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特に何かを守りたい人というのは必死に、そして意固地になりがちで、
「かくあるべしと思う自分自身の外面的評価」(要するに自尊心)とか、
そこに「悪人になりたくないでござるの病」が絡みついていたりとか、
そういう内面を守ろうとしている人に触れてしまうのは非常に危険だ。

感情は行為を正当化するけど行為の結果までは正当化しないという罠。
その自らの罠に陥って足掻く者に、迂闊に寄れば巻き込まれてしまう。

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