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2012/08/07

段階的な世代

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近年では団塊世代の残しつつある課題が社会問題となっているが、
それと同じように、20年くらい後になれば団塊ジュニアの連中も、
それほどまでの鋭いピークではないものの大きな山ではあるので、
同じく後の世に社会問題を残していく可能性があるのではないか。

当然、そう思うなら、ならないように備えていきたいものだけど、
たいていヒト集団は「先見の明があっても駄目でした」ってなる。
一部で警鐘を鳴らす人がいる程度では充分な対策が為されぬまま、
「だから言ったのに」と後の祭りに終わってしまうケースも多い。

もちろん一方で賢明な対策が施されて社会問題が顕在化する前に
解消してるケースも、おそらくきっと相当に多いはずなのだけど、
問題が未然に防がれてるだけに気付く者もまた少ないワケで云々。
いや何のハナシをしていたんだ、そうそう、数十年後のハナシだ。

きっと多くの人たちが、あまり裕福になれないまま老後を迎える。
そんな貧しい老人たちが、より若い世代から社会保障費を奪って
生き長らえるか、あるいは仕事を奪い続けて生きながらえるのか、
そういった状況を作り出してしまう可能性は、充分に考えられる。

ありがちな将来予測などツギハギすると、団塊ジュニアあたりの
世代が老後に残しそうな課題というのは、こんな感じになろうか。

その他にも、これから先の国の重要な選択に大きく関わるはずで、
その選択の結果次第で下の世代に大きな禍根を残す可能性がある。
何をやらかすにせよ恨みのようなのは非情に目立ちやすい感情で、
残りやすいのだと割り切っておいた方が良いかもしれないけれど。

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まぁ何というか、どうしたって結果で判断されてしまうと思うね。

ときには「状況が悪化する時代だからこそ活躍の場が期待できる」
なんて考える若者もいたりするだろうけれど、そう多くなかろう。

下手すりゃ棄老の憂き目に遭うかもしれんぞというくらいに覚悟
しておいて、上手く生きながらえたら儲けもの、と考えておこう。

それぞれの世代ごとに生まれ育つ時代や社会環境は少しずつ違い、
当然ながら世代ごとに選ばれる道も異なったものとなるワケだし、
そういう各世代ごとに特有の苦楽があって取り替えられないので。

各世代を少しずつずらして積み重ね真っ直ぐ切った断面図が時代。

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