« 「自分は国民である。即ち国家の主権者であり、行政サービスの受益者・出資者である」 | トップページ | 自称逸般塵の不通の日記(395) 言わなきゃ始まらないものな »

2012.09.18

科学系ヨタ話(19) 科学に対する姿勢にみられる系統誤差のようなもの

20120918_201208231505003


小さい頃なりたいと思っていた職業(?)、「マッドサイエンティスト」

自然法則はヒトの思想など関係ないので条件は正義の味方の側と同じ。
その中で次から次へと新たな技術を繰り出し正義の味方を追い詰める。
大概いいトコロまで行くけれど、正義の味方の起死回生策に破れたり、
ひどいときには自分ないし味方の凡ミスで自滅してしまったりもする。

ただ彼らは基本的に、敵である正義の味方を恨むコトはあるけれども、
またミスをした味方を責めるコトはあるけれども、自然法則には従順、
というより、むしろそこには一種の信仰心のようなものさえ感じられ、
子供心にも清々しく思えたりしたもので、そこらへんに憧れたようだ。

一方、今の日本の原発事故以後のソーシャル()論壇など眺めていると、
自然科学系の人でも政治闘争的用語や文脈を使って語る様子が目立つ。
そして酷い場合には自らの政治的思想に沿って情報を摘み食いしたり、
意に沿わぬ相手に対し思想背景を指摘して論駁したつもりになったり。

ソーシャル()な枠組の中での単純な支持者の数だとか、体制側()との
結びつきだとか、そういうのを掘り起こしては攻撃する有様を見るに、
どうも科学という名の宗教戦争を、彼らが戦っているのではないかと
思うようになってきたのが、ここ十数カ月ほどの観察で得られた知見。

こういうのが少なくない、というか悪目立ちしているような気がする。

--
自然科学的法則に対し謙虚であろうとする姿勢は、さて何処へ行った。
いやひょっとしたら謙虚であろうとするあまり狂信者と化したものか。

サイエンスは政治でも宗教でもないがヒトは政治的宗教的存在である。

|

« 「自分は国民である。即ち国家の主権者であり、行政サービスの受益者・出資者である」 | トップページ | 自称逸般塵の不通の日記(395) 言わなきゃ始まらないものな »