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2012/09/16

媒体に繋がるならセキュリティにも注意しよう

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「自分のせいじゃないのに何故」といった感覚だとか、
「自分が大切にしている存在になんてコトしてくれた」
といった感覚は、割と容易に怒りを掻き立ててくれる。
しかも、かなり気をつけていても引っ掛かりやすくて、
さしずめ怒りのセキュリティホールといったトコロか。

そういう怒りには、しかも遣り場がないという特徴も。
正義を行使した気になれるとかそういうのを期待する、
そんな気持ちを伴うコトが多いので、なおさら厄介だ。
このセキュリティホールからはバックドアにも容易に
アクセスできてしまうので総合的な危険度は高くなる。

今のヨノナカには、義憤のネタを供給するという意味
での娯楽番組だとか新聞雑誌報道、ネットのニュース、
ソーシャル()なネットなど数多くあり、どこからでも
このセキュリティホールを突く攻撃が行われうる環境。
そしてバックドアもまた、これらの媒体に繋がってる。

さらに政治というのもまた、媒体と密接な関係がある。
というか各種媒体を通じてヒトビトの漠然とした不満
とか不信感に適当な捌け口を作って溜飲を下げさせて
くれるかのように見せてくれるもんだから、しばしば
多くの人がセキュリティホールを突かれて支持したり。

こうしてボットネットが拡大して大勢を掌握するのか。

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このセキュリティホールに対応するパッチはない、と
いえばない、ある、といえばある。というよりは有無
の二択などではなく、努力や工夫で「ある程度の防御」
が可能な場合があるというくらいの、曖昧なものだが。

まあ反面、セキュリティホールを突かれてしまったと
しても完全に攻撃者のコントロール下に置かれるワケ
ではなく部分的に囚われているに過ぎず、何かの機会
にコントロールから抜け出るコトもあるのだけれども。

ただ気付かずにコントロール下から抜けてしまったり
した人はパッチを適用するコトもないので、また別の
攻撃者に乗っ取られるという危険が残ったままとなり、
放っとくと社会は、攻撃者の勢力争いに突入していく。

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