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2012.09.06

学習雑話

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学ぶコトの重要性について「愚者は経験に学ぶが賢者は歴史に学ぶ」とかいう言葉があるけれども、
歴史というのは言い換えれば人類としての経験でもあるワケだから、「愚者は個人の経験のみだが、
賢者は個人のみならず集団の経験に学ぶコトもできる」といった具合に解釈して差し支えないはず。

ここで大切なのは学ぶコトそのものでなく学んだ上で考え行動するコト。活動を目的としての学習。
もちろん好奇心の赴くままに学習していったり周囲から与えられ詰め込まれるままに学習していき、
後にそれらが体系化され様々な目的意識を持つようになるというルートも少なからずあるものだが、
こと社会に出てからの人生のリソースというのは限られているもので目的に沿った学習は効果的だ。

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目的があるにせよないにせよ、新たな学びを得ようとすれば見知らぬ分野へ飛び込んでいくワケで、
全く見知らぬ分野に対しては何を獲得するのが得策か。分野の地図あるいは全体像、それと相場感。

そして目的ありきの学習では、限られた分野の話題でありながら社会全体にまで影響を及ぼす部分、
分野の中でも大きな枠を語るのが基本となってくるワケで、すると1円2円の違いを論ずるのでなく
たいがいの場合は100円か1000円か1万円かを論じるもの、つまり全体像と各論への地図で済むのだ。

とはいえ総論というのは抽象的で、土地勘のない人にとってみれば捉えにくいのが常というトコロ。
結局、身近な例に結びつけられる各論から入ってって、それを幾つか積み重ねて総論を構築してく
といったプロセスを辿るのが、きっと多くの人にとっては早い。何のコトはない、急がば回れ、だ。
体系立った内容を学習していくというのは、その体系を構築していった人々の追体験なのだと思う。

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