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2012/09/17

「自分は国民である。即ち国家の主権者であり、行政サービスの受益者・出資者である」

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ヨノナカの「○○は××を実施しなければ許されない」
などと言い他者の行動を求める言説の果たして何割が
「そうしてくれればオレサマの気が晴れる」といった
個人の願望なのだろうかと、ふと思ったりもする昨今。

はたまた受益者かつ出資者かつ意志決定者でもあって
国家のステークホルダーの一人であるはずだというに、
オキャクサマ思考のみに囚われて政府や自治体に対し
非難めいた口調で「どーすんの」とばかり言ってる人。

たとえば社会福祉政策。負担や受益の程度が違うため
不公平感があるものの、原則として全員が負担をして
全員が便益を受けるコトになっていて、しかも程度の
差は経済格差を穴埋めする(完全ではないけど)方向だ。

はたまた安全保障のためのコストは誰が負担するのか。
国家安全保障を強化するための政策だとか、大規模な
社会インフラにおける安全安心を高めるという場合は、
望まざる者たちも含め全員が負担するコトになるので。

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世代年代の違いというのも最近いろいろ取沙汰される。
若い世代ほど将来の所得増は期待薄という傾向なのに
社会の先行きに対する不安感は高齢者ほど高い傾向で、
そういうのが同じ船に乗り合わせているもんで厄介だ。

自分自身の人生を悲観するなんざ個人の勝手だけども、
勝手に他人の人生を道連れにして悲観しないでほしい。
特に老人、日本の将来は真っ暗だなんて言いまくるが、
その将来の日本に生きる世代はどうすればいいのかと。

所詮ヨノナカなんて個人の集合体に過ぎないのだから、
自分の思う通りに動いてくれるなどという期待は甘え。
「他人のせいで」何かに巻き込まれるのもよくあるし、
「自分のせいで」他人を巻き込むのもよくあるハナシ。

こういうのはおたがいさまと思っておくといいのでは。

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