« 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(103) 矜恃、魔多し | トップページ | 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(105) 悪意を憎んで言葉を憎まず »

2012/10/28

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(104) 真実はいつも一人に一つ、という厄介な現実

20121028_201210271543001


大きな問題の事実があって、それに抗する声を上げる者がいて、
そこへ抑圧があって被害が生じて、ようやく世間は目を向ける。
こういうプロセスは割と古今東西ヨノナカ一般にみられるもの。

まあ声を上げる者がいないと世間というのは実態に目を向けて
くれないものだというのはその通りなんだけど、それとは別に、
「大きな問題の事実」であるかどうかという点が、実は重要で。

--
「大きな社会問題に立ち向かってる自分」的な姿を思い描いて
そのイメージに沿う行動をするまでは構わないけど、現実社会
から大きく隔たった自らの想像上のソレの中に問題を見出して
非難しまくった挙句(現実の社会に届かぬので当然)社会が思う
ように変わってくれないからと悲観の度を強め乖離が拡大する。

そうして軽微な、あるいは存在すらせぬ想像上の問題が一部の
個人or閉じた集団内でのみ大問題となっている例は割と多いな。

そんなカンチガイも割と古今東西ヨノナカ一般にみられるもの。

|

« 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(103) 矜恃、魔多し | トップページ | 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(105) 悪意を憎んで言葉を憎まず »