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2012.10.29

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(105) 悪意を憎んで言葉を憎まず

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だから何らかの集団に対する批判そのものが目的化してしまって、
その名を示すだけで非難めいた意思を示せたりするような状況を
を目にするにつけ「ああまたか」と思う。言葉狩りの最初の一歩。

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集団や属性の呼称で意思表示になるという考えの背後にあるのは、
「そこに所属しておらず、かつソレを糾弾できる真実を知ってる
オレサマ偉い」的な認識、いわば逆方向の帰属意識のようなもの、
あるいはそのレベルにさえ達していない、単なる無知による偏見、
もっと酷い場合には「オマエのかーちゃんデーベソ」という程度、
そんなのが殆どではないかな、とネット上の遣り取りを見て思う。

いろいろな意図があり、いろいろなレベルがあるけど、たいがい
なんとなく漠然とモヤモヤした悪意や敵意のようなのが存在して、
そこに適当に言葉を当てはまる対象があって、そうしている印象。
こういう根っこがあると特定の用語や表現をなくさせた程度では
何も変わらず、改めて別の単語を見つけ出すか作り出すなどして
悪意や敵意をソコに乗せ垂れ流し続ける活動が、続くコトだろう。

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