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2012/10/15

自称逸般塵の不通の日記(404) 将来像 Not Found?

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そういえば厄年というのもあったなと、ふと思い出したりする。
本人が健康を害したりするコトはなくて周辺に問題が生じたり
生活に大きな変化が生じたりする、というのが個人的な印象だ。
ていうか大病のようなのは中学と大学のときにやってしまって、
もう後は死ぬ前にやればいいだろうという感じでもあるのだが。
前回は何度も職場を追い出されたり実家を出て生活を始めたり、
そして複数の家族を亡くした時期。身辺の大きな変化であった。

今回は何が起きるだろう、既に仕事に関しては崖っぷちにいる。
あまりに案件が乏しくなった自由業を諦めて就職という道筋も
検討しているが、言うまでもなく年齢の都合などもあるのだし、
もちろん望んだような条件の仕事が簡単に見つかるかどうかも。
また貧困のあまり生活を維持できなくなるという可能性もあり、
もし生活水準を後退せねばならぬとしたら何処まで下がるのか、
そして踏み留まれなかったらどうなるのか、まるで分からない。

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ただ今のトコロ身体の調子が特に悪いワケではないのが救いか。
資本主義社会を生きるための体力すなわち経済力だけはないが、
その弱点さえ何とか克服できるなら当面は生き続けられるはず。

あとは、今後どうやって人生後半の旅を続けていくかの問題で、
行き詰まったら少しくらい遠回りだろうと脇道に逸れ迂回する、
寄り道も散歩と思って楽しむ、そんな感じでやっていこうかと。

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