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2012.12.21

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(109) 苔生さぬ意志の全てが転がり続けているワケではない

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やるコトは見えてきたしやり方も分かってきた気もするけど、
それを生かす場や役に立ててもらえるような関係が足りない。
仕事がなくってアレコレ考えるのは決して悪いコトではない、
ただ金銭的精神的ストレスは大きいので、やっぱり避けたい。

昨日未明に眠ろうとしたら眠いのに寝付けなくて悶々として、
現状に至るまでの不愉快なコトを思い出し煩悶してしまった。
だがそんなもの、誰の所為だろうと既に生じてしまったコト、
幾ら腹立たしかろうが現状を改めるには何の役にも立たない。

まして原因の一部には自分自身の失敗や不作為などもあって
半ば自己嫌悪が混ざったような怒りなんぞでは到底無理だわ。

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何かコトをしようとする際の実現可能性について論じるとき、
物理的に可能か経済的に可能かといった点もさることながら、
「その動きを開始できるのか」を重視してるコトに気付いた。
当事者が動かなければ可能なモノゴトも実現しないのだから。

たとえば原発即時全廃だとか憲法改訂だとか、そういうのは
現実社会では賛否入り乱れ決着せずにいるのが実態であって、
この民主国家で今すぐ決定して実施に移すなど無理どころか
意見対立を如何に収束させるかという道筋さえ見えない有様。

現実を大きく動かすとなれば敵も味方にするくらいでないと、
ただの空論に終わってしまうのだろうな、という風に思える。

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