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2012/12/20

自称逸般塵の不通の日記(413) 脳内野党の重要性

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生活習慣を崩すのは簡単だけどソレを再構築するのはとても困難なコト。
たとえば生活サイクルとか(自由業ゆえ早寝早起きが崩れると後が大変)。

いやまぁ自由業といっても仕事が途絶えていてはどうにもならないんで、
それを何とかするために、まず目の前の課題を解決しておきたいのだが。

とはいえ、できないコトまで無理に求めては却って良くないコトになる。
それでは「やっぱりできなかったじゃないか」となって自信を更に失う。

やろうとしているコトに対し「それできんの?」って自問するのは重要。
あるいは「他の手もあるけど検討してみないか」という問いかけも重要。

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野党の在り方なんかも、似たようなトコロがあるんじゃないかなと思う。
あるいは連立与党の片割れあたりにも、同じような役割が求められよう。
少数野党の中ならば右翼左翼それぞれの極端な党派があっても構わない。

両翼の先鋭な意見が暴れるのを上手に御していくのは政権与党の役割だ。
乱雑さの度合いの高い部分が全体の変動の大半を吸収する傾向はあって、
それを利用して全体としての安定性を保つ、そんな芯があってこそだが。

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