« 無辜の民という幻想 | トップページ | 過去のコトは現実を再認識するために使うものではあるが »

2012.12.24

ごく自然な成り行きで枠に嵌ってしまうコトもある

20121224_img12626_1s


「科学は価値判断から自由であるべきだ」
「ていうか価値を問わぬのが科学だよね」
「そういう傾向が強すぎたのではないか」
「なので価値判断を伴う科学も必要では」
といった議論をソーシャル()で目にした。

まあたしかにそうかもしれないが一部で
みられる激しい反動のようなのも如何な
ものかと思えるので要するに程度問題か。

--
「なんとなく」成立してきたかのように
思われているが実は様々な事情や経緯が
あって決められてきたコトなど結構ある。

というより明確な認識を伴わないような
暗黙の裡に決められたルールに思えても
実はそれなりに合理的なのも少なくない。

または意識的かつ合理的な小さな判断の
積み重ねで構成された大きな枠組なども
全体を認識できていなくても割と合理的。

ただ何かの機会を捉え、そういったのを
全体像から細部に至るまで再確認したり、
必要に応じて修正するのも重要だと思う。

まあそういうのは個人レベル、たとえば
自分自身にも言えるコトだと思うワケで、
まずそれを試みてから考えてみようかな。

|

« 無辜の民という幻想 | トップページ | 過去のコトは現実を再認識するために使うものではあるが »