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2012.12.25

過去のコトは現実を再認識するために使うものではあるが

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枠を抜け出すには少し退がらないといけないコトも多い。
場合によっては大きな後退が必要だったりもするけれど、
そもそも枠の存在を認識するにも少し引いた視点が必要。

いったん過去の特定の時点まで遡って、今に至る経緯を
辿って確認していき、今ある枠に入らぬようにするには
何処で如何に判断するのが妥当なのか、を見極めていく。

そうしてこそ失敗は反省を経て再発防止へと繋がるので。

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ただ、同じように過去へ遡り将来の備えとするにしても、
どのような判断が妥当であるかといった部分については、
人それぞれの価値判断の違いもあるし、今後どの方向へ
持っていきたいかという意識の違いもあるし、そもそも
将来についてのハナシでもあるし、個人差が激しすぎて、
まあほとんどの場合は全員一致なんて見出せないのよな。

どうも人間というのは思考が雑なもんで大事なトコロを
単純化してしまったりするコトが往々にしてあるもので、
過去を反省するに際しても、誰もが同じ判断を下すコト
などないという点まで踏まえた上で考える例は多くない。

自身に役立った経験を、安易に他人には適用できぬ所以。

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