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2013.01.06

ソレは伝えられるのか(受動態)

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文章化され表立って伝えられてこないような細かな工夫など
ホントに人の数ほどあるようなもんで探せば山ほど出てくる。

たとえば子供てのは禁止の指示に従わせるのが非常に難しい。
いや実は、それってヒトが持つ普遍的な性質のようなもので、
たとえば自分自身を対象として考えてみても全く同様なのだ。

そんな自分を長続きさせようとするなら第三者的な視点から
ちょい先の道筋までシミュレートしてみたりしながら自分を
上手く誘導できそうなルールや条件をを設定して進むといい。

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こういうのは自分自身や周辺状況、さらには取り組む事象に
応じて個別具体的に考えていく必要があり普遍的な解はない。

だもんで“所変われば品変わる”、時代が違っても使えない、
ただその個別具体的に対処していくための思考の方法論だけ、
古今東西ヒト全般に応用できるものと言えるのではないかな。

そういうのは無数の経験論として故事成句やモノガタリなど
さまざまな口伝や文献として多くの人が伝えようとしてきた。
そこから現地や同時代を推測して読み解いて得られるはずだ。

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