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2013.01.13

細分化の異文化

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ソーシャル()方面で話題になっていたコトといえば、
「煎茶は緑茶の一種か抹茶との対比かという問題」
「シンチも半導体もガイガーと呼んでしまう問題」
といったのもあって、そのへんについて考察しとく。

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こういった用語の定義は、対話や議論の上で非常に
重要なもので参加者全員が共有しておく必要がある。

けれども、しばしば当人の周囲の狭い世界では常識
となっている用語では意識せず語ってしまいがちで、
たとえば「日本人は」といって語られてるのが実は
「少なくとも数世代に渡り日本列島内で続く家系で、
そこそこの規模以上の日本国内に本社を置く企業に
勤める中高年の会社員ないし役員」くらいの意味を
暗に含んでいたりするもんだから、実に面倒なもの。

一方、ソーシャル()なセカイの中では異なる定義で
イメージしている人物との接触も頻繁にあるもので、
割と高い確率で衝突・口論に発展するように見える。

まあ大概の場合は衝突しがちな人物というのがいて、
そういう人々を観察した結果として昨日今日書いて
いるような雑感を得た、というだけなのだけれども。

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