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2013.01.12

たまには正義について、ベタに語ってもいいかな

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ここしばらくソーシャル()な方面では藁人形論法についての議論があり、
もしかすると「敵はこうあるべき、さすれば自分が正義」というような
イメージを相手に被せて叩いていたりするのかもしれない、と思ったり。

まあ誰だって自分が悪者だとは思いたくないもんだから致し方ない面も
あるんだけど、「自分が悪者でないなら相手が悪いんだ」は短絡すぎる。
というかそもそも正義だとか悪とかいうのは人それぞれの主観に大きく
依存した評価だと思っている身としては、アホらしく感じるコトも多い。

彼らは「何か信じるに足るだけの確固たる価値基準を」とでもいうのか、
いわゆる公正世界信念をこじらせたようなセカイの中に生きているのか、
何か絶対的なモノがあるものとして振る舞っているように思えてしまう。

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もしかしたら相手は此方が想像もできぬような壮大な概念を抱いていて、
それを理解できていないから勝手に誤解しているだけなのかもしれんが、
だとしたら伝達する側される側の相互の意志疎通の問題に過ぎないよな。

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